言うには少し足りなくて *♀

桜の散り始める春の頃、並盛高校では卒業式が行われていた。体育館から響く生徒達の歌声は少し離れた所にある校舎の屋上まで届いていた。そこで本来その式に出るべきである一人の生徒がフェンスにもたれて空を眺めていた。

誰かの決まりにそって生きるつもりもないし、やりたいことは自分のやりたいようにする。それがモットーの雲雀恭弥がそこにいた。彼女には卒業式は自分には関係がないもので、卒業したければ勝手に卒業するし、卒業したくないと思えば卒業しなくていいのである。
舞い散る桜の花びらをひらひらと運ぶそよ風に吹かれて、膝丈よりも少し短いセーラー服の裾が揺れた。

「恭弥、スカート気をつけろよ」

誰もいないだろうし中身が見えてしまう事はないだろう、とさほど気にしていなかった恭弥の背にそんな声が掛けられる。もし見えてしまっても別にいいや、という思いは即座になくなった。

「セクハラ」

すぐさま声の主の方へ振り返り悪態をつく。恭弥はあからさまに睨んでみせて、相手の様子を窺った。
その睨みにすぐさまディーノは「う゛っ」と声を漏らし眉間に皺を寄せた。睨むなよ、と言いながら一歩一歩恭弥へと近づいてきた。

「見てねぇよ」
「嘘」
「嘘じゃねぇって」

もしも見えてたら、と思い恭弥は疑いの念をディーノに向けた。もうスカートがめくれないようにと手を軽く添えて近づいてきたディーノを見上げる。本当? と首を傾げるとディーノはちょっと動揺した様子をした後に間違いねぇと答えた。


見上げた瞬間、どうしてあなたが動揺したのかわからなかった。でも、なんとなく、なんとなくあなたは嘘をついてると思ったんだ。勘だけど。


不意に見上げられて恭弥と目が合った瞬間、ディーノの心臓は音を立てて跳ね上がっていた。それで少しの間動揺してしまったのである。
恭弥には普段なんて事無い仕草なのに時々ドキっとさせられる事のあるディーノは、その度にいつも恭弥を抱きしめたい衝動に駆られていた。可愛くて愛しい彼女を自分のものにしたくなるのだ。

独占欲は強い方だとディーノ自身も理解していた。それでも彼女を簡単には抱きしめられないのは、いつまでも彼女が自分のものとなってくれないからなのである。何を言っても恭弥はいつも興味なさそうなどうでもいいと言わんばかりの返事を返し、ディーノの言うことをなかなか信用しようとしないのだ。

「恭弥」

抱きしめたい衝動は今日もいつもと変わらなくて、名前を呼んで引き寄せようと腰に手を当てたのに、恭弥はするりとディーノの手をすり抜けて離れて行ってしまう。
少し右にずれたフェンスに頬杖をついてまた、ただそこからの風景を楽しむ事に専念していた。

「ねぇ、あなた」
「んー、何」

「僕今日黒の紐なんだけど」

恭弥は視線を変えずにそう言った。黒の、紐だと。無論先程見えてしまったかそうじゃないのかを考えていた物のことである。
その事はあっという間にディーノにも何のことか理解ができ、ここに来たばかりの事を思い出す。

「ばっ、おまっ、そんなのはいてなかったじゃねぇかよ!!!」

思わずそう答えてしまってからディーノは手遅れの後悔をした。はっと思って口に手を当てた時にはもう遅すぎた。目の前に立ちふさがる恭弥の両脇にはいつのまにかに用意された愛用の武器、トンファーが握りしめられていた。

「なんでそんな僕しか知らないようなことを知ってるのかな? やっぱりあなた見たんでしょ」
「みみみ、見てねぇよ! ただ黒のひひ、ひ、紐だなんてそんな嘘はいけねぇぞっ」

おかしな現象が発していた。スカートの中を見られた筈の恭弥はけろっとしているのに、ディーノの顔は真っ赤だった。考えないように考えないようにと思えば思うほど思い出してしまい、ついには恭弥のソレで頭がいっぱいになってしまったのだ!

「嘘じゃないよ。見る?」
「みぃ!? み、みませんん!!」

勿論冗談。

冗談のつもりで言った恭弥はさらに悪のりしてスカートをちらりとめくってみせる。もちろん見せる気なんてないし、ディーノが見ようとするならトンファーの餌食にするつもりだった。
冗談だとは分かっていても口の端を吊り上げて笑う恭弥には妙に艶があって、確かめたい気持ちが全くなかったと言えば嘘になる。でも恭弥とはそんな事するような関係ではないディーノはぶんぶんと音が出るほどに首を思いっ切り横に振った。

そんなディーノを見て恭弥は声を漏らしてくすくすと笑った。

「あなたも照れるんだね。動揺しすぎだよ」
「・・・・・・大人をからかうんじゃねぇよ」

がくっと肩を落としてディーノは脱力した。恭弥というじゃじゃ馬にはいつもしてやられてばっかりなのだ。


俺ばっかり好きになって、俺ばっか気持ちを伝えて、それでも一向に先へは進めない。
恭弥はいくら押しても落ちないし、引いたら引いたでふらっとどこかへ行ってしまう。一つの所になんて留めてはおけないし、俺の言うことも聞いてくれなかった。


「今日は何しに来たの?」

横でフェンスにもたれてあーと気のなくなる声を出すディーノに恭弥は問いかける。もしかしたら相手してくれるのかも、そう考えている恭弥の腕にはトンファーはしっかり握られたままとなっていた。

「また用もないのに来たの?」

すぐに答えないディーノに恭弥は繰り返し問いかけた。今までも何回も会った様に、ディーノは理由があってもなくても恭弥に会いに来ることが多かったのだ。正確に言えばディーノには"恭弥に会うため"という立派な理由があったが、それを恭弥に伝えることも出来ないでいたので恭弥にはさっぱり伝わっていなかった。

「一応用はあるぜ」
「また相手してくれるの、」

そう言ってすぐさまトンファーを構えると、ディーノはすぐさま違げぇよと告げて恭弥にトンファーを降ろさせた。

今日は大事な話があってわざわざ日本に来たのだ。それも恭弥がいなくなる前の卒業式の日に。この機会を逃したら恭弥と連絡が取りにくくなる、そう予測できたディーノはわざわざスケジュールの調整までしたのだ。

「恭弥、」
「なに」
「その、さ・・・」

なかなか本題に入ろうとしないディーノに少し苛々とした。けれどあまりにも真剣な表情になったディーノに見つめられて早くしてとは言えなくなってしまった。

「うん」

相槌を打った。


「卒業したらイタリアに来ないか?」


きょとん、とした表情で恭弥は目を丸くさせた。何を言ってるの、とでも言いたげな様子で口をぱくぱくと動かすが、それはどれも声にはならなかった。

「駄目か?」
「駄目・・・というか、理由は? どうして僕がそんな遠くへ行かなくちゃいけないの?」

恭弥には常に疑問が一杯のようだ。どうして、なんで、分からない。
今回もいつもと同じ様にそんな感じだった。恭弥の頭にはどうして、なんで、理由がない。わからない。それしか浮かばないのだ。

「俺飛行機怖いんだよ。だから帰り一緒に乗って」
「は、」
「な、いいじゃん。チケットは俺が払うしさ。イタリアに来たらちゃんと観光もさせてやるよ」

ディーノはどうしても断って欲しくなかった。だから思わず飛行機が怖いなんて嘘をついたんだ。そんなのありえるはずがない。そう分かっていたけれど恭弥が来てくれるならなんでもよかった。

ポケットに入った小さいケース。本当の本題のソレをどうする訳にもいかずに、ディーノはポケットへと突っ込んだ手の指先でいじる。

「あなたっていつでも誰かが傍にいないと駄目なんだね。そんなに人恋しいの?」
「違う。恭弥が恋しいよ」

少し驚いた顔をした。けれどまたすぐにいつもの表情に戻って

「意味が分からないな」

恭弥はそう言った。けれどその後に「仕方ないから付いていってあげる」そう付け加えて。



本当は「結婚しよう」と言おうと思っていた。指輪だって持っていた。けれどその言葉はほんの少しの勇気が足りなくて言うことができなかった。




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