勝手な人

朝目覚めるといない人

音一つしない静かな空間でいつも目が覚める。誰もいない部屋、誰もいない家。一人では広すぎると感じる部屋で生活するのは最近の事ではなかった。それだから一人の寂しさなど今更感じることもなく、人恋しいと思った事はなかった。

居ないことは当たり前であって、この状況こそが普通でありいつもの日常だったのだ。

それなのにあの人のいない朝はこんなにも淋しいのは何故なのだろうか。あの人はいつも朝早く黙って静かに部屋を出て行く。葉っぱの落ちる音でも起きる僕がいつも目を覚まさないのはとても不思議なことだった。
目が覚めないのはやっぱりあの人が気配を消して動くからだろうか。そうゆう所を考えるといつも僕は、あぁあの人はマフィアだったっけ、と現実味のない事を思い出す。
いつも僕はあの人がマフィアだと言うことを忘れてしまうのだ。それもこれも全部あの人が悪い。だってあの人ったらいつも訳わからないくらい笑顔で、とても優しいんだ。誰があの人が実はマフィアで常に生と死の危険を背負って仕事をしているだなんて思うだろうか。

思わないだろうね。

あの人は虫すらも殺せなさそうだもの。部下がいないと何をやっても駄目。ただのへなちょこディーノなのに。

あの人はいつもずるい。会いたいときに勝手にやってきて勝手に帰っていく。勝手に僕を好きになって勝手に想いを告げて。僕が知らない感情を幾つも植え付けていくんだ。
僕は今までこんな事思ったことない。だからいつもあなたに関係して発生する気持ちへの処理をしらない。わからない、だから僕はあなたといるといつも以上に言葉を失うのだ。

始めは「つまんない?」「きょーや、やっぱ俺の事嫌い?」とか色々聞いてきていたけど、今じゃあの人は何も言わない。僕が黙って見つめてそのうちお互いに視線がぶつかって。

あなたはとても幸せそうに笑うようになった。

あなたと目が合った時の僕はいつもどんな顔をしているんだろう。そんな事が気になったのは最初のうちだけで、今ではあなたの機嫌がいいならいいやと思うようになってしまった。だって僕は自覚するほどの変化があったわけじゃないのだ。きっと何も変わっていない。
ううん、変わらない。あなたが僕の世界に入って来たぐらいじゃ日常は変わらない。変わるのは胸にある鈍いだるい重いそんなような痛みのようなものだけ。

あの人のいなくなった朝は胸の辺りと身体がだるい。それはあの人という存在のいる環境に僕が慣れていないだけ。どうやらあの人は慣れるまでに相当時間が掛かるみたいだ。
その証拠に僕はいつまでもこの痛みを引きずっている。しかもそれはよくなるどころか悪くなる一方でしかない。時間が空けば空くほど痛みは強い。それが治るのはあの人が来てしばらくの間だけ。あの人が帰る頃、帰った後にそれはまた酷くなって悪化するのだ。


今日はあの人が帰ってから二週間目の日。先日あの人から勝手に送られたメールには「数日後には会いに行けると思う」の文字が書かれていた。そう、と僕はその場で返事をしたからメールには返さなかった。
僕は気紛れにしか返信しない。あの人が勝手にすることに付き合うほど暇ではないからだ。

それなのに心の何処かで何時来るんだろうと気にする自分がいる。そのメールが来てから僕はぼんやりと窓の外を見つめることが多くなった。きっとこれはあの人が来ることで発生する僕の疲労に対するある種の鬱の様な物だと思う。
また僕の疲れる原因がくる、僕はそう思っているのだ。


だから、


学校の外の塀に赤い車が止まるのが見えたときにぴくりと反応してしまったのだ。車から降りてくる見慣れた頭をじっと確認するように眺めてしまったのはあの人かどうかを確かめるためだ。
あの人と目が合って思わず応接室を出て走り出してしまったのは風紀を乱す根源を咬み殺すためでしかない。

あなたにトンファを向けて、

それを防がれて、

思わず口角が吊り上がるのは本気で戦える嬉しさからだ。




ほんの少しの変化、本当は気付いてるのかもしれない。だけど今日も知らないふりをし続ける。


あなたは勝手だから、いつか勝手に気付けばいい。


勝手な人


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