約束をしよう *♀

あの人は今日も約束を守らない。正確に言えば守れなかった、が正しいのかも知れない。
でも僕にとっては守らないのも守れないのも大して変わらない。あの人が来ない、来れない事実に変わりはないのだから。


朝目が覚めると横にいるはずの人がいない。恭弥は失われた温もりに肌寒さを感じて、一度は起きようと思いめくった布団の中に再び戻る。
今日は日曜日。学校がないのでゆっくり寝ていても何の問題はない。

でも本当は予定があったのだ。

でも隣にいるはずの存在がいないことが、今日の予定がなくなったことを示している。
ディーノはマフィアのボスで仕事であちこちの国や地域を行き来しており、その仕事の合間に日本に訪れるのが大抵だった。そんな多忙な彼が約束を守れないのは今更なこと。
どうしても外せない仕事があるのは仕方ないこと。そんな事は恭弥にもわかっていた。わかっていたから「仕事と恋人どっちが大事なの?」なんて質問はしなかった。
その質問は女々しくて、らしくない。

しばらくして、再び襲ってきた睡魔に恭弥はゆっくりと目を閉じた。


***


「・・・ーや、きょーや、」

ゆさゆさと布団の中にうずくまる肩を揺すられて、名前を呼ばれる。恭弥は(いないはずのあの人に起こされてる錯覚に陥るなんて、僕大丈夫かな)と眠い頭の隅で考えた。

「きょ〜〜や〜〜」

ディーノはなかなか起きようとしない恭弥の肩をさらに揺する。声をかけ続ける。
これは夢なんかじゃなく、現実に起こっていることだ。その事実に恭弥は気がつかず、黙々と眠りにつこうとしていた。
閉じたまぶた、うるさいとも感じてきたディーノの幻聴を無視する。

「今日は出かける予定だったろ〜」
「行かねーの?」
「・・・きょーや、起きないとちゅーするぞ」

一人話しかけ続けるディーノの"ちゅーするぞ"という言葉に恭弥はぴくりと反応する。ディーノは「お、起きるか?」と期待するが、恭弥はまたすぐ無反応になってしまった。


なんなのこのアホな夢。あの人がいないからってこんな夢みちゃう僕ってなんか惨め。可哀想。
あぁあの人に会いたい。こんな夢じゃなくて現実で。・・・本当は今日出かけたかったんだけどな。


恭弥が一人悶々と考えている中、ディーノは反応のない恭弥にしびれをきらし、耳許で直接恭弥に告げる。

「起きねぇーからちゅーするぞ。いいのか?」

んん、と恭弥はそのリアル過ぎる感覚にもぞもぞと動く。覚醒していない頭で口を動かし喋る。

「・・・できるもんなら、してみなよね。だってこれは夢なんだから。ほんとはあなたなんて此処にいないんだからね。きっと今日も急な仕事でいなくなっちゃってるんだから。
僕が淋しいって思ってる事もお構いなしで仕事してるくせに。酷いよね。夢にでてくるなんて。ほんと卑怯だよ。
こんな夢みたら、会いたくてたまらなくなるに決まってるじゃない」

夢なんだから、夢でくらい好き勝手言わせてよね。と続け恭弥は喋るのを止める。と、すぐにその唇を覆われる。

「! んっ」

噛みつく様なキスは寝ている人間にするものじゃなく、恭弥はすぐに息苦しくなる。まさか、と驚いて目を開けるとディーノの顔が目の前にあって、目が会うと静かに唇が離れていった。

「夢じゃねぇよ。きょーや、おはよ」
「え、えぇぇ、……う、嘘っ」
「嘘じゃねぇって! これは現実」
「な、なんでいるの・・・?」

恭弥は布団から上体を起き上がらせて横にいるディーノに問う。恭弥は動揺していて、え、うぁ、え、何、いつっ、どこから? ・・・え、と一人百面相しながら繰り返す。
普段表情をあまり変えない恭弥が動揺する姿をみて、あまりのその普段からは想像もできないような焦りっぷりにディーノは声をもらす。
ふっ、と息が漏れて笑っている事を気づかれないようにするが、我慢すればするほどおかしく感じて笑いが止まらなくなる。ついには吹き出してしまった。

「笑わないでよ」
「可愛いな、と思って」

いつもの恭弥の好きになった笑顔でディーノが笑うから、恭弥は笑われたことは許してあげようと思う。約束も破られたなんて思ったのは恭弥の勘違いで、ディーノは出かける気だ。

「今日はどこ行くの?」
「ん、内緒」

いつもそう言うディーノは、いつだって恭弥の喜ぶことしかしない。今日も楽しめそう、そう思うと自然に恭弥の口から「いいよ」という言葉が出ていた。



約束をしよう。

君を置いていかないと

君を楽しませると


今日も明日もずっと一緒にいよう。


(2011.03.25)


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