欲しがらなかったわけじゃない

出口の見えない世界に息苦しさを感じていた。
何も変わらない世界、色のない世界、


――つまらない。

日常が退屈で堪らなくて、強くなればそれも無くなると信じていた。だから強くなった。けれど世界はつまらなくて今まで以上に退屈なものになった。
弱い草食動物を僕が相手にしないように、草食動物たちは僕を相手にしなくなった。見つからないように息を潜めて隠れて僕が立ち去るのを待っていた。
僕の強さに人は離れていったのだ。僕は元々人と群れるのは好きではないから、そんな事どうでもよかった。

でも、

いつまでも変わらない世界に出口が見えなくなった。


街を歩いても人は僕を視界に入れない。
僕は此処にいて此処にいない。

息をする意味が分からなくなった。今までと変わらない日常であったはずなのに僕に干渉するものはどんどん減って、見える世界は霞んでいくばかりだ。そのうちに色まで感じられなくて、生きてることすら意味があるのか分からなくて。

だから強い相手と戦えるのは嬉しかった。

僕がトンファーを構える時、それは僕が息を吹き返すときだ。この時だけは僕は息をしていて色のある世界にいる。唯一の生きてる瞬間だ。
でもその瞬間はいつも短かった。相手と言えるほど強い者はいなくて誰でも一緒だった。

普段の生活に戻る。気がつくと息はしていない。息苦しい。
そう感じて息を吸う僕は、この世界に未練がある様だ。何も楽しみなんてないのに。

苦しい、息苦しい。

生きてることは時に堪らなく辛い。

"苦しい" なんて口には絶対しない。だけど僕はこの時そう感じていたのかもしれない。


それでも、今はそう思うことはない。
まだ見ぬ強さを持った人が現れたからだ。戦えるなら生きていたい。あの人がいる限り僕は相手を失うことはないと分かったのだ。
だからあの人が勝手に死ぬことは許さない。勝手にいなくなることなんて許さない。勝手に僕から離れていくことも許さない。
あの人の人生なんてしならない。全部、全部僕の物だ。


「勝手に死なないでね」

異国と繋がる電話口、毎回最後に付け足す一言を言う。

『恭弥って最後にいつもそれだなぁ。俺お前が思うほど弱くないぜ?』

電話し慣れた相手、ディーノが苦笑しているだろう息の音と共にそんな言葉が告げられた。恭弥は今現在のディーノの顔が容易に想像出来て笑みを漏らした。

「あなたの心配はしてない。でもあなたは人のために行動する人だ」

ディーノはいついなくなってしまうか分からない。優しい人だから、最後は自分ではなく他人を優先してしまう気がしてしょうがないのだ。

『……』

返事のない電話。ぎゅっと握りしめて決意する。もしも彼が死んでも悔いが残らないよう、ずっと言いたくて言えなかった言葉がある。

「勝手に死ぬなんて許さない。あなたは僕のものだ」

束縛とも思える様な台詞。恭弥は時々このような言葉を発する事があった。それでもこんなにはっきりと自分のものだ、と発言するのは初めてのことだった。
それは他人に対してあまり執着していないと思っていたディーノにとって、すごく嬉しい言葉だった。無意識に近い意識、本能から発せられる言葉。つまり心から恭弥がそう思っていると言うこと。
本人はそれを何気ない言葉として使ってるのかもしれないけれど、ディーノにはそれは盛大な告白にしか感じられなかった。

『っ、』

思わず吹き出してしまう。

「何笑ってるの、」
『だって恭弥、それって告白だろ?』
「……」

黙ってしまった恭弥にディーノは一瞬まずい、と感じた。怒らせてしまったのかもしれないと。

「まぁ、そう思ってもいいんじゃない」

しかししばらく経って聞こえた言葉は予想外の言葉だった。

「あなたが傍にいないのはちょっと寂しい」
『へ?』
「じゃあね。あなたが無事に来るの待ってるから」

ブツ。

一方的に電話を切って、らしくない事を言った恥ずかしさから恭弥は自分の口元に手を当てた。

これだけは絶対口にしないと決めていた言葉はあっさり出てしまった。
本当はずっと寂しかったのだ。生きるという苦しみから救い出してくれた人が傍にいないのは、それまでを思い出させまた苦しさをもたらすのだ。



寂しい、それはあなたがくれた感情の1つ。

傍にいないからあなたが欲しい。ずっとそれを欲しがらなかったわけじゃない。

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title:DOGOD69

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