赤く軋むの。青く霞むの。

鬱血痕には限りがある。いつまでも肌の上に残り続けることはなく、他の傷のようにいつかは消えて元通りの肌に戻ってしまう。それがどんなに消したくないものでも、どんなに大切なものだったとしても、いつかはまっさらな肌に戻ってしまうのだ。

*

肌に散る紅い華を見つけたのは、ディーノとの一夜を過ごした後だ。首筋だけで収まらないそれは、どこを辿って行ったのかが分かるくらに付いていた。恭弥には身体の表にしか見つけられなかったが、もしかしたらそれは背中にもあるかもしれない。
最初は華が咲くようにあったそれも、日が経つにつれ、一個、また一個と数を減らしていった。よほど強く吸ったのか、首筋のものだけは消えるのに時間が掛かった。しかしそれも、うっすらと頬紅をのせたくらいにしか見えない。
そんなとき、手首にうっすら残る華を一つ見つけた。首筋にあるものと同じように、それは今も淡く咲いている。けれどこのままではいつかは消えてしまう。

それが、とても惜しかった。

記憶は消そうと思っても消すことは出来ない。けれど恭弥にはディーノの記憶は縛ることが出来ない。ディーノが忘れたと言えば、他に事実を証明できる人間はいなかった。
ディーノはあれから恭弥に会いに来るのをぱったりとやめた。今までの関係が嘘のように、初めから居なかったかのように痕跡が消えていた。修行をしようと来ることはなく、意味もなく来ることもない。
ディーノの名前を耳にする日常はなくなり、恭弥と呼ばれる日々が消えた。恭弥の作業を邪魔するものは何一つ無く、なにもかもがスムーズに進んでいく。スムーズ過ぎて違和感を憶えるほど、物事は時間を要しなかった。

消えそうな手首の痕に、あと何日保つのか、誰も知らないカウントを取る。カウントダウンが出来ない代わりに、一日目、二日目、と増える方を選んだ。
もう微かにしか見えなくなったこと、せめてここにあったのだという絶対に忘れないものが欲しかった。

恭弥はその日から手首を噛み始めた。

鬱血痕と噛み痕じゃ似てもにつかない。違い過ぎるが、自ら手首を吸うのは滑稽で出来なかった。忘れなければ何でも良かった。手首を切る、いわゆるリストカットという選択は恭弥の頭に初めからなかった。
出来れば自分の身体、人間の与えることの出来るものが良かったのだ。

初めはうっすら痕が残るくらいの強さで噛んだ。次第に噛む力はまして、あざが出来るようになった。痣は数日もってはくれるけれど、つける時に少しばかりの痛みを伴う。
ディーノに会わない日々に比例して、その痛みは増していく。薄くなった痣に、消えて欲しくなくて次の痣を付ける。同じ場所に重ねて付けるのは痛くて、場所は少しずつズレ、ズレては元に戻る。

ぶつり、

切れる音がした。すぐ後に口の中に鉄が広がり、皮膚が裂けたことを知った。
皮膚が裂けると赤が流れ、そして骨が軋んだ気がした。


――青い痣が霞む代わりに骨が軋んだ。



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