シュトルーフェの涙

(もしも出会っていなかったら、)

最近すごく思うことがある。もしも恭弥が並中の生徒ではなくて、風紀委員という目立つことをしていなくて、恭弥の家庭教師になっていなかったら。そしたら俺達は出会っていなかったと思うのだ。
そして出会っていなかったら、きっと俺と恭弥は今と違った人生を送っていただろう。少なくとも恭弥は今と全く違っていた気がする。多分恋愛をすることも無かったと思うし、仮にしたとしても同姓となんてあり得ない気がする。
…というのは恭弥が俺以外を好きにならないと、そう思っているだけのうぬぼれに過ぎないかもしれないが。本音はして欲しくないだ。

そこで俺はどうだろうかと考える。
多分俺は恭弥に出会わなければ、誰か他の人と恋愛ぐらいはするだろう。いい年になったら結婚して、子供が生まれて、それなりに幸せな家庭を持っていたかもしれない。
恭弥には誰とも恋愛して欲しくないと考えながら、自分は恋愛をして結婚をして、子供のことまで考えてしまう。自分のこととなるとそれでもいいと思ってると、そう恭弥に言ったら怒られそうだ。

「なに考えてんの」

電気を消した寝室のサイドテーブル、この部屋唯一の明かりが隣のベッドに眠る恭弥の顔を照らした。

「んー、本読んでる? かな」

疑問符を付けたのは、数分前まで読んでいたという事実があるからだ。本はいつの間にか俺の膝の上に下ろされ、視線は紙面以外を見つめていた。思考が働いている間に、物語は頭に入らない。

(なんでこんなことを考えたんだっけ)

本を読んでいたはずなのに、いつのまにかそれを止めていた。まだ眠るには頭が冴えていた。だから読んでいたのに数ページも進んでいない。

「話相手してあげようか」
「寝てたんじゃなかったのか?」
「あなたが気になって眠れやしないよ」

そう言うと恭弥は寝るのをやめたのか、起きあがってベッドから出てきてしまう。立ち上がると近づいて来た。

「つめて」
「…はい?」
「僕が入れるようにつめてよ」

どうやら一緒に寝てくれるつもりらしい。これじゃ本はもう読めそうにない。俺は本をサイドテーブルに置くと、恭弥が入れるようにつめた。ベッドは二人分の大きさではないが、一人分よりはかなり大きい。
それでも恭弥が入ってくると窮屈に感じた。しかしそれは不快なものではなかった。

「隠し事はなしだよ」
「隠し事って言うほどでもねぇぜ」

向かい会う様に入って来た恭弥は、俺よりも下の方に入ると立っている時の様に見上げてくる。

「さぁ、どうだかね」

疑っている、という程ではないが言葉の全てを信じている様子ではなかった。話したいことがあれば話せばいいと言いたいらしい。
俺自身も恭弥に対してはそう思っているし、そんなに隠し事をしているつもりはなかった。ただ、言ってないことがあるだけで。それが一つかと言われれば複数あるだけだ。

「今更嫌いになったりしないんだから、泣いたっていいんだから」

あなたが泣きたかったら、一緒に泣いてあげる。

恭弥の続けたその言葉になんとなくホッとした俺は、ようやく眠ることにして目を閉じた。強がっているつもりも、恭弥の前で格好付けてるつもりもなかった。だからそう言われたのは少し不思議で、でも同時に嬉しかった。
人並み程度に格好付けたいとか、情けない姿を見せたくないというのは誰にでもあるはずだ。きっと俺だけじゃなくて恭弥にも。だけど、この人になら見せてもいい、そう思える自分はなかなかない。

それでも、恭弥がそう思ってくれているならたまにはそんな姿を見せてもいいのかもしれないと思った。

それなら恭弥が泣きたい時は、俺が一緒に泣いてあげよう。


*シュトルーフェとは二個の恒星からなる連星のこと。恒星は自力の重力により一塊となり、光や熱を反射している。連星とは二個の星が互いに引力を及ぼし合って、共通重心の周りをまわっているもの。
シュトルーフェの涙は互いがあってこその二人の涙という解釈。

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