ヘルベチカの涙

恭弥は泣いたことがない。それは感情的な意味でも、衝動的な意味でもある。
例えば人は怪我をした時、その痛みで泣いてしまうことがる。それには痛みという作用があるが、泣きたいという感情があってという訳ではない。しかし恭弥は怪我をした時ですら、泣いたことがなかった。
リング争奪戦で恭弥は足に怪我を負った。歩けなくなる程の大怪我ではないが、それでも出血もかなりあった上に傷も大きかった。それでも泣かなかった。それどころか俺が構うことを嫌がった。
目の前に怪我をした人間がいて、それを放っておけるほどおれは非情ではない。それになにか恩を売りたくて恭弥を構ったんじゃない。それでも、恭弥は頼ることを嫌がった。

結局それ以降も泣いた姿を見たことはなかった。初めは特に気にもしていなかったが、一年、また一年と時間が経てば不思議に思う。

(一度だってないなんて、少し異様ではないか。)

恭弥は感情を露わにしないことが多い。でもそれは常にってことじゃない。自分が興味を持ったことには感情のままに動くし、現に咬み殺す! なんて言ってる時は正に感情が行動に直結していると思う。
だから尚更気になった。その極端な感情表現の理由を。しかしだからと言って無理矢理泣かせたいとは思わない。それは涙ではなく、ただの水分な気がするからだ。
無理に流させても俺は納得しないだろう。見たかったのはこれじゃないと、分かってたのに心の中で思うだろう。そして自分でガッカリするのだ。

いつか未来で未だ見ぬ恭弥に出会えたら、その時俺はまた君に恋するだろう。新たな一面に出会うたび、また好きになって、飽きずに何度も愛しいと思うのだ。

きっと俺はそのくらい恭弥の事が好きなんだと思う。


ヘルベチカの涙


*ヘルベチカとはサンセリフ体のこと。セリフとは書体の装飾であり、サンセリフはそれをないことである。ヘルベチカの涙は飾らない涙という解釈。

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