きっとこのまま大人になって。違った世界に息衝いて。お互いのことを次第に忘れて。さようならも無しに溶けて。

俺はこの間いきなり好きだったと告白された。相手は後輩の財前光だった。もちろんあいつは男で、それは俺も十分分かっていた。
好きだと言われたことに驚いていると、財前はいつの間にか俺の前からいなくなっていて、保健室は俺だけが取り残されていた。ぽかんと口を開けたまま固まっていると、保険医にどうかしたん? と話掛けられた。
そこでやっと正気に戻った俺は、何でもないと伝えてコートへ走った。走りながら保険医は何も言って来なかったから話を聞かれてなかったんや、と安堵した。

コートに着くとそこにはもう財前はいなかった。息を切らしていれば白石から不思議な目で見られた。

「さっき財前も走ってきたで? 自分らなにしてん」
「…さぁ?」

何してるのだ、と聞かれても上手く説明出来なくて、俺はそう返した。白石にだったら財前に告白されたことをこっそり相談してもよかったが、今それをここで言ってしまえば白石以外にも聞かれる可能性があった。
不思議と財前の告白に気持ち悪さは感じてなかったが、自分以外の他人が財前を気持ち悪いと思ったり、本人には言って欲しくなくて黙っておいた。

「いつもみたいに言い合いでもしたん?」
「そんな感じや」

適当に返せば白石は納得していた。俺と財前が試合中や部活中に言い合いみたいになるのはしょっちゅうだった。それから俺は財前の言った事ばかりが頭の中をループしていた。

好きだと言われたことに不思議と気持ち悪さは感じなかった。それはつまり俺は財前が好きだと言うことなのだろうか。でも好きだと思ったことなんてない。でもたまに見せるふとした笑顔が好きだと思ったことはある。
顔が整ってるくせに口数の少ない財前。それがどこか人を寄せ付けなくて、すぐに距離を置かれてしまう様な奴だった。初めてダブルスを組んだ時も財前はほとんど喋ろうとはせず、試合もそんなにやる気があるようには見えなかった。
俺ばっかりが頑張って、俺ばっかりが走って。それでも俺は一方的に怒るなんてことはせず、少しずつ財前との距離を縮めていければよかった。
財前との距離は少しずつ少しずつ縮まって言った。財前が好きだというぜんざいを奢ってやったら、珍しく年相応な態度を見せた財前に驚いた。本当に嬉しそうに食べるのだ。可愛い、と思ってしまった。
俺が耐えきれずににこにこしながら見ていれば、財前は目を反らして。それがまた可愛いなんて思ってしまった。きっとこんな財前は俺しか知らない。少し優越感だった。

嫌いか好きかと言われたら、多分好きよりの感情。でもそれは恋情かと言われれば分からなかった。恋愛の対象だなんて思ったことがなかったからだ。あいつは同性だ。普通に考えたらありえない。

普通に考えたら、だ。

財前に好きだと言われて俺は色々考えた。そして気が付いた。熱中症で倒れた財前は目覚めて俺に好きやったと言ったのだ。過去形ということは、今はもう好きじゃないんだろうか。倒れた財前に駆け寄った時に縋る様に伸ばされた腕、小さく謙也さんと呼ばれたから無理には離せなかった。
掴まるものなんて何もないという様に俺にだけしっかりと掴まるから、その腕を放せなかった。倒れた財前がすごく心配だった。目が覚めてなんともなくて本当によかった。

それから二日、財前は部活を休んだ。正直会ってどうしたらいいのか分からなかったから、財前が部活を休んだのは好都合だった。案外気にしてしまうかと思ったが、俺は冷静に考えることができて、部活中に気にすることもなかった。
でもそれは財前を目の前にしたらそうも行かなくなった。目は合っても何も言えない。何か言いたいのに俺の口は動かなかった。財前は何も無かったかの様に接してくるから、それが気になってしょうがなかった。なんで何も言ってこないんや、そればっかり頭の中にループする。
あまりにもぎくしゃくしている俺は訳の分からないミスばっかりして、ラリーすら上手く行かなかった。財前を見てもあいつは俺を見ようとしない。目があったら心臓が跳ねた。その目に掴まってしまった様だった。
財前こんな顔してたんか、とかめっちゃかっこええやんとか自分でもよく分からないことを思っていた。そんなことを思うなんてまるで恋してるみたいだ。

自分で考えて自分で笑えてきてしまった。恋してるみたいだ、なんて、なんて馬鹿馬鹿しいのだろうか。でも一度感情に気が付いてしまえばそれは加速を増すばかりだった。だからどうにか財前とこの間のことを話したくて白石に部室の鍵を借りた。

部室に二人きりになっても財前の態度は変わらなかった。俺は心臓が早く打ちすぎて死にそうだったのに。どう言ったら、どうあれに返したらいいか分からなくて、キスをした。ただ勢いに任せた触れるだけの。続きを聞くのも怖かったし、待てなかった。多分両思いだから、なんて勝手に決めつけた。

でもすぐに財前の口から出された言葉は冗談、という二文字だった。本当にあほだ。俺はあほでしかない。だからすぐに俺も冗談に悪のりしただけやって言った。冗談でキスなんて絶対しないのに。


少年達はすれ違う
(きっとこのまま大人になって。違った世界に息衝いて。お互いのことを次第に忘れて。さようならも無しに溶けて。)
やっぱりこんな関係上手くいくわけないから、やからお互いに嘘ついてるんや。なんて思いこんだ。
大人になればこんなん忘れるんや、きっと。絶対そうや。

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