さよならとあいしてるの間

部活中に倒れた俺は、目が冷めると保健室にいた。ひんやりとした風のながれる保健室の中で、ベッドの上で布団に覆われた身体よりも右手が熱かった。
ぼんやりと覚醒していく目を瞬き、身体に掛かる布団に少し重みのある部分に視線をやると、そこには目立つ色を持った謙やさんがいた。
ベッドに寝かされた俺の右手はしっかりと謙也さんの腕を掴んでいて、その部分だけ服にしつこい皺が出来ていた。状況が理解出来ずにそっと状態を起こすと、その動きで謙也さんが目を覚ます。

「ん、財前目ぇ覚めたん?」

こしこしと覚醒しきらない目を擦り謙也さんが言った。俺が腕を掴んでいたせいで、謙也さんは戻るに戻れなかったのかもしれない。
目は覚めたがどう答えたらいいのか分からなくて、俺は目は覚めましたけど、としか言うことが出来なかった。

謙也さんの話を聞くと俺は部活中に倒れたらしい。視界の歪みは熱中症から来たものらしく、前を走っていた謙也さんを掴んで意識を飛ばしてしまったらしい。しかも掴んだ腕はしっかりと力が込められていて離れなかったそうな。
腕を掴まれている以上俺の傍を離れることが出来る訳もなく、謙也さんは俺と共にここにいたという訳らしい。

「色々すんませんでした」

素直に色々と迷惑を掛けてしまったことを俺は謝った。散々触れたいとは思っていたが、ふらついて掴んでそのまま意識を飛ばすなんて自分でも信じられなかった。そんなことするとは思ってもみなかった。
謝ると謙也さんはすぐに俺の心配をした。もう熱はないか、気持ち悪かったりしないかと。

「熱中症になるほど無理して練習したらあかんで」

無理をしたつもりなんて無かったが、謙也さんが心配した顔で言うので俺はもう一度すんません、と謝った。
俺には無理して練習をする意味はない。試合に勝てなかったのは本当に悔しいことではあったが、俺にはそれよりも悔しい出来事があったのだ。なによりも大切にしていたことが出来なかったのだ。

「無理は、してないですわ」

これ以上心配を掛けるといけないからと、素直に無理はしていなかったことを歌えた。すると謙也さんは少し眉間に皺を寄せて、確かめるようにホンマに無理してへん? と尋ねてきた。

「してないですわ。ちょっと考え事してて…」
「…もしかして、最後の試合んこと気にしてるん?」

最後の試合、その言葉にぴくりと反応してしまった。きっと謙也さんは最後の試合になるはずだったから、俺よりもあの試合に出たかったのかもしれない。それをギリギリで変えられて、しかも試合はダブルスなのにダブルスとは到底言えなくて。
あんな試合なら自分が出た方がよかったと思ったのかもしれない。俺が出てすんません、そう思うのに素直にそう言えなかった。
そんなことを言っても謙也さんは絶対に本音を言ったりしない。監督の言うたことやから、しゃーないやんで済ましてしまうんだろう。優しい謙也さんのことだから、他人を責めることは絶対に言わないんだろう。

「俺、謙也さんとダブルスしたかったんですわ」
「…ダブルスしてるやん?」

俺の言ったことの意味が分からないとでも言うように、謙也さんは首を傾げて言った。

「ちゃいます、最後のあの試合です。最後やったんで、謙也さんと試合出たかったんですわ」

ずっと言いたかったけど言ってなかったこと。これはどうしても言えなかったことだった。

「…財前もそう思ってくれてたん? 実は俺も、そう思ってたで」

思いもよらなかった言葉に、驚きの声を出せば内緒やでっと謙也さんは小さな声で言ったのだった。残念やったな、と言った謙也さんの目は少し悲しさを帯びていた。


少年は云った
(さよならとあいしてるの間)
さよならしかない人との間にこんな形で気持ちが繋がるだなんて思っていなかった。だから勝手に口が動いてしまったのかもしれない。この気持ちも繋がると。


「ずっと、好きやったんです」


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