少年は恋を患い息の苦しさを知る
夏頃、大会が終わって謙也さんといれる時間がなくなるっていう時、俺は何故かあの人に告白をしてしまった。気まずくて数日休んで部活に行ったら、思っていた以上に謙也さんは俺のことを意識していた。部活後に呼び出されて部室に二人きり。
話をすると思ったのにキスをされた。その時ほど謙也さんの行動力が意味不明だと思ったことはなかった。俺は謙也さんの勢いまかせな行動に冗談だった、と嘘をついた。
そしたら謙也さんは冗談に悪のりしただけやと返してきた。俺も冗談や、と言われたことにその時はショックを受けたが、それから俺と謙也さんのぎくしゃくした感じは無くなったからそれはもう気にしないようにした。
あの時冗談、と言ったのは謙也さんが勢いで俺を好きと勘違いしてしまったと知るのが怖かったからだ。もしかしたら違ってて、本当に俺のことが好きだったのかもしれないが、そんな少なすぎる可能性のことを考えるのはやめた。
俺らしくもないし、惨めだった。勝手に好きになって、思い出の中ではどんどん美化されていく謙也さん。すごく惨めだった。
関係が元に戻ったというのに三年生が部活に来る期間は数日後に終わりを遂げて、俺は部長となり三年生は部活を引退した。ますます謙也さんに会う機会は減ってしまった。もう話すことも滅多にない。
廊下ですれ違えば少し会話を交わすぐらいだ。それも本当にどうでもいい思い出にもならないこと。三年と二年じゃ教室の階が違うから、移動教室でもない限り会えない。
それでも俺の腕は最後に触れた感触を覚えていた。最後に、と縋りついた腕はしっかりしていた。体温が高くて、ずっと掴んでいたそこだけ体温が高くなっていたのを覚えている。キスをしたのだって忘れていない。
もしも俺が冗談と言わなければあの後もう一回くらいさせてくれてただろうか、そんなことばかり何度も考えた。取りあえず一度くらい、もう一度くらい柔らかいあの唇に噛みついておけばよかった。本当に噛みついて、傷を残してやればよかった。
へたれへたれとからかわれる謙也さんを先輩たちに混ざって、唇の傷をからかってやるのも面白かったかも知れない。
そんなことが言えるのは謙也さんが絶対に俺とのことを誰にも言わないと分かってるからだ。告白してしまった時から、一度も俺が謙也さんに好きだと言ったことが漏れたことはなかった。誰もあれを知らなかった。
俺と謙也さんの間にあったことは俺と謙也さんしか知らないのだ。
謙也さんはもうきっと俺のことなんてどうでもいいと思っているだろう。それなのに俺はまだ謙也さんのことを引きずっていた。会う回数が減っても、話す機会が減っても俺の視線は謙也さんを探して、俺の聴覚は謙也さんの音を探した。
謙也さんの声を聞ける放送も三年生の引退から聴けなくなった。部活に引退なんてなければいいのに、そう何度思ったか分からない。決まりは俺から謙也さんをどんどん奪って思い出しか残してくれない。
謙也さんが思い出の中の人になりつつある中、更にそれを進行させる出来事があった。それが卒業式だ。久しぶりに懐かしい面子で集まって卒業おめでとうございます、と言葉を交わした。おめでとうございます、謙也さんには嘘をついてそう言った。
そんなこと本当は思ってもないのに。俺はどんどん謙也さんが好きになった。忘れられなくなった。会いたいと何度も思った。でも会えるのは今日が最後だ。もう此処に謙也さんは戻って来ない。
俺と試合をすることなんてない。俺とダブルスを組むことなんてもう絶対にない。
泣くなんて俺らしくないから、泣かないように堪えた。今まで通り無口なふりをした。
でも本当は喋らない様にしていただけだ。多分話せば話すほど離れたくなくなると思ったから。その優しさにつけ込んで縋りたくなってしまうと分かっていたから。
全員で騒いだ後は本当にこれで最後の、最後の別れを交わした。俺は誰とも一緒に帰らず、それじゃ、と簡単に言葉を残して足早に家に向かった。背中から薄情な奴やーとか色々やいやい言うのが聞こえたが、それには振り返ることもせず適当に返した
全く悲しくない素振りを装って。清々しますわーなんて言って。
いつかの日の様に家に着いたらすぐに自室に籠もった。我慢出来そうに無くてベッドのつっぷしてばれないようになるべく静かに泣いた。だって悲しすぎる。
あほみたいに好きになって、あほみたいに忘れなくなって。
好きだと言って、キスまでして。
でも一緒にいられない。いられるわけがない。
恋なんてする方が馬鹿だ。こんな苦しい感情なんて欲しくなかった。
恋なんてするんじゃなかった(少年は恋を患い息の苦しさを知る)
それでも、謙也さん
あんたが好きなんです。
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