タイムリミットは目が覚めるまで
「っ、・・・ん、」
触れて離れるだけの簡単なキス。啄むように簡単なそれを角度を変えて、離したり触れたりして繰り返す。ディーノにされるがままになっている恭弥は素直にそれを受け入れていた。
うっすらと目を開けてディーノは目の前にある恭弥の顔をみる。久しぶりに間近で見る恭弥の目元は先ほど泣いたせいで少し紅くなり腫れていた。まぶたの下には薄く隈ができているのがみえる。
恭弥は俺のために悩んで寝不足だったりしたのかな。
頭でそんな事を考えて顔を離した。頬を包み込んだ両手の親指を恭弥の目の下に持って行き目元から目尻へと優しく動かす。
その行動に疑問を持ったのか恭弥はディーノを見つめて少し首をかしげた。何をしてるの? とでも言うように。
「目、隈できてんな」
「・・・寝不足なだけだよ」
ディーノが呟くと恭弥は少し目線をずらしてぽつりと呟いた。顔を背けてしまった恭弥の顔の向きを自分の方へ向けて、ディーノは恭弥の目元に口付けを落とす。
恭弥の顔を包み込んでいた手を離して恭弥の背中へとまわす。見た目からして細い恭弥の腰は抱き寄せるとさらに細いと言うことが分かった。折れてしまいそうな腰に少し力を込めて抱きしめた。
まるで壊れ物に触れる様なディーノの優しいその手つきに、恭弥はディーノの背中へと手を回した。
「あなたってさ、」
すり、とディーノの首元に顔を寄せて恭弥が呟いた。その行動は人懐っこい猫の様で、ディーノの目には恭弥の頭に生えるはずのない耳が見えた。
可愛い、そう思うと自然と笑みが漏れた。言葉を返さないディーノに恭弥は続けてしゃべり出す。
「あったかい。僕眠くなってきちゃった」
「このまま寝ていいぜ、ベットには連れてってやる」
目をとろんとさせ、半分閉じかけた目でディーノを見上げるとディーノは傷だらけの全然格好良くない顔をしていつもの優しい笑顔を作った。でもその顔はいつもに比べれば酷いもので、恭弥は自分でそんな顔にしてしまったのに、なんて酷い顔してるんだろうと心の中で呟いた。
そっとディーノの頬に手を伸ばして、恭弥は真新しい色が青紫色へと変わり始めた痣に触れる。横にある鼻からは鼻血をぬぐった後が横に流れる道を作っていた。
「酷い顔してるね」
やったのは僕だけど。
「こんなんじゃ絶対女は寄りつかないね」
「いてっ」
むにと痣を掴つまんでやった。するとディーノは顔をゆがませて痛がった。
「やめろよ。本当痛い」
「だと思ってやった」
また頬をつまんでやろうとすると今度はそれをする前に腕を捕まれてしまった。腕を捕まれてその勢いで後ろへ倒れそうになる。しかし恭弥の背中にはディーノの開いた片腕が添えられていて、そんなことはなかった。
ディーノを見上げる形になった。
「こんな顔してちゃあなたは女を誘うことも出来ないね」
表情一つ変えずに恭弥はそんな事を口にする。ついさっきディーノと約束したことを覚えてなどいないとでも言うようなその質問は、ディーノに疑問を植え付ける。
「恭弥、俺もうそんなことしねぇよ」
さっき約束しただろ、そう続けてディーノは眠そうにする恭弥の手を握りしめた。
俺はもうこの手を離さない。恭弥を裏切ったりなんてしない。
さっきそう誓っただろ?
ディーノには恭弥が何を言いたいのか理解出来なかった。恭弥はいつも何を考えているのかを感じ取るのが難しくて、それは出会った時からあまり変わっていなかった。相変わらず表情にはあまり変化がない。
昔にすればそれはかなり変わるようになったけれど、普通のごく一般的な人間に比べれば恭弥は表情の変化が少なかった。そしていつも一言少なかった。
自分から絶対にわがままは言わないし、何も考えていないようですごく考えていたりするのだ。今度は一体何を考えているんだろうか、ディーノは恭弥の思考を読み取ろうと考えた。
「だから、これからは僕がここにいてあげる」
それは予想外の返事だった。
「え?」
驚いて思わず目を見開く。見上げてくる恭弥と視線をぶつけるディーノは動きが固まっていた。
突然の恭弥の言葉を理解するまでには数十秒と時間がかかった。なぜならそれはディーノの予想していたものとは違っていて、まさか、嘘だろ、とでも言いたくなる様な内容だったからだ。
今まであちこち自分の動きたいように様々な国をまわり、ボンゴレ十代目ボス沢田綱吉でさえ連絡を取るのが難しいと言われた雲雀恭弥から告げられた言葉。それはディーノをとても驚かせた。
「ここにいるって言ったの」
そう言って恭弥はディーノの腕を離れ立ち上がった。恭弥の手を握っていたディーノの手が後を引くように伸びて、恭弥が歩き出すとそれはぷつりと切れた様に床に落ちた。恭弥は部屋の奥の寝室の方へ向かっていた。
「きょ、恭弥!」
慌ててディーノはその場を立ち上がって恭弥を追いかけた。肩を掴んで動きを止める。
「・・・何?」
ふぁあ、と恭弥はあくびをして振り向く。どうやら眠いらしく、寝室に行って寝るつもりだったようだ。肩を掴まむディーノの手に恭弥は触れた。
「ここにいるって――。えと、・・・寝るのか?」
「そうだよ。だから僕が寝る間に何もしないでね」
じゃあね、そう行って恭弥は眠気のせいかふらふらとした足取りで前へ進んでいく。ディーノは突然の恭弥の発言にも行動にも思考がついていけなくて理解できなかった。
急にここにいると言ったら次は寝ると言い出す。訳がわからない。さっきまであんなに良い雰囲気だったのに、とディーノは少し残念に思った。
「あ、」
急に恭弥が思い出したように声を漏らす。
「?」
「ドア、直しておいてね。僕が起きるまでに直してなかったら咬み殺すから。あとちゃんとあなたの部下に怪我の治療してもらいなね」
「あ、あぁ」
「それと」
ぴたりと足を止めて恭弥は振り返った。
「あなたのムカツク部下は全部咬み殺しておいたから」
そっちも早めにどうにかした方が良いと思うよ。
しれっとした態度で恭弥はそれだけ言い残して寝室へと消えていった。
「わかった、ぜ・・・」
突然やってきたじゃじゃ馬は後の事は何も考えていなかった様だ。その時のディーノの頭にはこれからの苦労がうかんだ。
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