知っていても知らないふりをする君

ディーノには本国に愛人がいる。

その事実に気がついたのはいつだっただろうか。真実は意外な人物から知らされることとなったのだ。


中学生の時、自分の家庭教師だと言ってディーノは突然僕の目の前に現れた。家庭教師が必要な程僕は頭が悪いわけでもないし、そもそも家庭教師なんて頼んだ覚えはなかった。
しばらくして僕はあの人が普通の家庭教師ではない事を知った。あの人は僕に勉強を教えるために現れたんじゃない。数日後に行われる何かのために僕を鍛えにやってきたと言っていた。確か指輪がどうとか。

そんな事はどうでもよかった。けれど、当時簡単に咬み殺せる草食動物しか周りにいなかった僕にとってディーノはとても良い相手だった。
咬み殺そうとしても簡単にはそうさせてくれない。退屈しない相手と戦りあえるのは悪くなかった。けど、それと同時になかなか本気を出してくれないあの人に僕は苛立ちを覚えていた。

修行とやらが終わればあの人は決まって僕の怪我の心配ばかりしていた。僕は自分が女だと隠していたこともあり、手当をさせてくれと言う申し出は全部跳ね返した。
昔から誰かに自分の体を触れられる事は嫌いだった。怪我の治療くらい自分で何とか出来る。酷い者なら病院へ行くことぐらい出来る。

そんな僕が女だとバレたのは、並盛ではない所で修行をし始めた時だった。


 ビュッ

ディーノの鞭が風を切る音を立て、恭弥目がけて伸びる。その鞭を防ごうと恭弥は下げていた右手を上へ振り上げトンファで鞭を弾き返す。

 ぴっ

その鞭の端が顔へと当たり頬が切れ、そこからは赤い鮮血が流れた。
トンファの振りが足りなかったのだ。一瞬ディーノは恭弥のその傷に焦りを見せたが、恭弥自身が全く気にしていないことを知りそのまま続行した。
その時だった。

 ぐらり、

恭弥の視界が歪んだ。あれ、と思った時には自分の視線はいつもよりもかなり低い位置に移動していた。顔色を変えて慌てるディーノの顔とその部下、ロマーリオの姿が視界に入った。
別に平気だよ、そう答えようと思っても恭弥の意識はどんどん薄れていくばかりだった。
並盛を離れた事と慣れない環境に移動した事、いつもとは違い群れている事がストレスとなって恭弥の身体には限界がきていたのだった。

「恭弥!」

自分の名前を呼ぶディーノの声はだんだんと恭弥には聞こえなくなった。


「・・・ん、」

目を覚ますとまず視界に見慣れない部屋の天井と見慣れた金髪が目に入った。――そこはディーノと恭弥が滞在しているホテルの一室だった。

「恭弥、」

ぼんやりした頭が覚醒するのを待っていると、ディーノから声を掛けられる。

「何」
「何で黙ってたんだよ」
「何が」
「――お前女だったのかよ」


はぁー…、とディーノは思いため息をつく。恭弥はどうしてばれちゃったのかなと考え俯くディーノに視線を向ける。するとディーノの横に立つロマーリオと目が合った。
目が合うとすまないとロマーリオは恭弥に謝罪の言葉を継げた。

「何がだい?」
「俺が手当をしたときに気づいてな…」
「あぁそう」

あれほど勝手に手当はするなと言ったのに、と恭弥は心の中で呟いた。

「ごめんな、恭弥」

顔を上げたディーノはものすごく申し訳なさそうな顔で恭弥を見つめる。優しい手つきで疲労の現れた恭弥の頬にふれた。
その場所は先ほどの戦闘で切れてしまった場所だった。

「ごめんな、女の子の顔に傷付けちまった…」
「別に。そうゆう扱いされるの嫌いだから」

そう言えばディーノはくっと声を漏らして笑う。

「だろうな。恭弥らしいぜ」


……それからだった。ディーノは僕を女と意識し始めたのは。そんな事をしては欲しくなかったけど、修行にはそれほど変化が現れなかったのであまり気にしていなかった。

ただ、顔は狙わない様に気をつけているみたいだったけど。

指輪戦も終わってあの人が本国に帰る時の事だった。あの人は僕に自分の想いを告げてきたのだ。

「恭弥、俺はお前が好きだよ」

その言葉を僕はすんなり受け付けられなかった 。…だって何があの人の気持ちをそう変えさせたのか分からなかったのだ。
僕は普通の女の子と違って可愛い顔をしていなければ、可愛い格好だってしていない。女と思わせるような事は何一つしていなかったのだ。
それなのにあの人は僕を好きだと言った。僕には理解できなくて、よく分からないな、と答えたのが記憶に残っている。

それからあの人は定期的に日本に来ては僕に会いに来るようになった。そしていつしか僕はあの人が好きになっていた。その関係になった事に一番驚いたのは僕自身だった。

まさか自分が誰かを好きになるなんて考えていなかったのだ。

ディーノは僕に優しかった。いつも一番に考えてくれた。だから僕はずっと気が付かなかったんだ。何年も。あの人には自分以外にもそうゆう相手がいるって事に。

初めて知ったのは僕が高校卒業間近の時。イタリアに行くかを考えていた時の事だった。受け入れられたくない事実は意外にもあの人の部下から告げられたのだった。

「恭弥、話があるんだが聞いてくれるか?」
「珍しいね。あの人じゃなくて部下のあなたが僕に話だなんて」
「驚かないで聞いてくれよ」

ごくり、つばを飲み込む音が聞こえた。



「――ボスにはお前以外にも愛人がいるんだ」



初めて聞いた時の感想はそう、驚いた、その一言だった。


あの人に愛人? なんだいそれは。意味が分からないな。理解出来ない。
だって今まであの人はずっと僕の事を見てきたんじゃないの?

どうしてそんな事になっているのかな。


ねぇ、本当なの? おしえてよ、ディーノ。あなたの言葉はずっと嘘だったの、



「だから、恭弥、

 お前はこっちへ来ない方がいい」

僕の目をじっと見て告げられる。僕の思考はそのときものすごくゆっくりとした動きになっていた。そして僕は意外にも冷静だった。
だから僕は言ったのだ。

「じゃあ僕はそっちには行かないよ。しばらくは世界各地を見てくることにする」

そう言えば目の前の人は僕に、ボスとの関係はどうする、と聞いて来た。

「ゆっくり考えるよ」

そう答えて僕はその場を後にした。


ショックだった、と言えば確かにその事実はショックだったかもしれない。でもそれと同時に僕の頭にはやっぱりと言った言葉が浮かんでいたのだ。
あの人には僕だけじゃない気がしていた。なんとなくそんな気がしていたのだ。最初は本当に僕だけなんだって思ってた。でも付き合う期間が長くなっていくうちに、あの人にほんの少しの変化を感じていた。
あの人はイタリアにいる期間が長くなっていたし、久しぶりに会っても前ほど会いたかったとディーノは言わなくなった。

香水が変わった。

電話をかけてもすぐには出てくれなくなった。


…何かが変わってたんだ。少し、ほんの少しずつ。

それでも僕がディーノを好きな気持ちは変わらなかった。酷い人だと知って泣いた事もあった。でもそれでもあなたが好きだった。
どうしてこんなにも僕はあなたが好きなんだろうって悩んだ事もあった。そしてよく考えて気がついたんだ、僕は。


僕に初めて人を好きになる事を教えてくれた人だから。

初めて僕を愛してくれた人だから。

だから、

嫌いになんてなれなかった。あなたの事を忘れるなんて出来ない。あなたがいないこれからなんて想像したくなかった。


だから僕は今までと何も変わらない関係を続けるんだ。

それであなたが今までと変わらない笑顔を僕に向けてくれるのなら、変わらない愛をささやき続けてくれると言うのなら。


僕は知っていても知らないふりをするんだ。





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