ずっと一緒に

怪我が治ったらちゃんと言い直すから、そう宣言したとおりディーノは怪我の完治を主治医に告げられた日に、恭弥へのプロポーズをやり直した。今度は会話の中からの冗談めいたものではなく、なんとなくほのめかしたものでも確認を取るものでもない、はっきりとちゃんと想いを告げたものだった。
何度目か分からないくらい最近よく耳にした二文字であったが、ディーノの真剣な雰囲気に恭弥は飲み込まれてしまう。返事は決まっているのにやけに緊張してしまった。それはディーノも同じであるのに彼も恭弥と同じ様に緊張していた。
今までに何度も言ったことのある言葉。しかし今度こそ本当にずっと一緒にいたいと思う相手に対して言う、最後の台詞。それがディーノを緊張させていた。

ディーノは想いを告げ、恭弥はあの日から変らない答えを出す準備をする。深呼吸をして最後の一言に備えた。

「俺と結婚してくれますか?」
「…うん」

恭弥は少し照れくさそうに小さく、だけどはっきりとそう返した。



[ずっと一緒に、]



それからの出来事はびっくりするほどに足早に過ぎていった。プロポーズを断る理由などもちろんなく、受け入れればすぐに綱吉に許可をもらいにいこうとディーノは言いだした。恭弥は他人の許可などいらないと言ったが、ディーノは一ファミリーならそんなに気にすることはないが、守護者との婚約となるとボスの許可は絶対だと返した。
しかも今回はファミリー内のものではない。同盟ファミリー間での婚約なのだ。一人は守護者で一人は部下を束ねるボス。どちらかの婚約でも大騒ぎになるというのに、二人同時となれば綱吉に迷惑が掛からない訳がない。
今後の仕事のこともあるから一度綱吉の所に行こうとディーノは提案した。

「あ、そういえば恭弥っていつまで休みもらってんだ?」
「別に。特に期限はないよ」

だって休みをいつから取るのか決めたのは僕だ。仕事はしたいと思った時にしにいくよ。そう恭弥が続けて言うので、ディーノは随分綱吉は恭弥に寛大だなぁと思っていた。
恭弥の都合を考えなくてもいいと分かったので、ディーノは自分の都合のいい日で綱吉も空いてる日はないかと連絡を取った。婚約に関して話がある、と伝えれば綱吉は電話口で動揺したような慌てた声をだしながらも、おめでとうございますと祝福の言葉を口にした。
まだ何も報告してねぇよと言うと綱吉の笑いを含めたそうですね、という声が聞こえた。最後に日取りを確認してその日は電話を終わらせた。

電話を切ると丁度よく終わったの? と声を掛けられた。声の主は恭弥で、恭弥はディーノの仕事部屋の扉の所に立っていた。

「沢田なんだって?」

部屋に入ってディーノに近づきながら恭弥は尋ねる。

「ん、あぁまだ何も報告してないのに、婚約の話っていったらおめでとうございますって言ってたぜ」
「それは沢田らしいね」
「だよなぁ」

恭弥が笑うのに釣られてディーノも笑ってしまう。"婚約"と聞いて素直におめでとうと言ってしまうあたり、すごく綱吉らしかった。他人のことでも自分のことの様に思える優しさは昔から変ってない様だ。

「んじゃ恭弥もこの日空けといてな」

デスクの脇にあるカレンダーの、ある日にちに○を付けながらディーノが言った。こんなことをしなくても恭弥が何も予定を入れないと言うことは分かっていたが、ディーノは一応恭弥に約束の日を告げておいた。

「ん、恭弥いい匂いがする」

部屋に微かな香ばしい匂いと恭弥から漂ってくる微かな甘い香りに、ディーノはすんと鼻を鳴らした。おそらくこれは焼き菓子と思われる匂いだ。
ディーノの言葉に恭弥はあ、と口を開いた。どうやらこの部屋に来た最初の目的を忘れていたらしい。

「マドレーヌを作ってみたんだけど、よかったら休憩にしない?」

恭弥から見える時計の長針は12の数字を少し過ぎたところで、短針は3を示していた。時刻は丁度おやつ時。電話をしていたこともあり、ディーノの仕事は丁度良いところで区切られていた。

「そうだな、休憩にしよう」
「じゃあ決まり」

二人は仕事部屋を後にして食事をする部屋へと移動する。広い屋敷内では何をするにも目的ごとに部屋が用意されていて、使う目的で部屋を行き来していた。そう遠く離れた場所ではない一室に向かう。
その間も二人は言葉を交わしていた。

「でも珍しいな、恭弥が仕事中に部屋に入ってくるなんて」
「あなたの部下に聞いたら区切りをつけて電話するって言ってたから、その時ならいいんじゃないかと聞いてね」
「普段から入ってきても怒んねぇよ?」

毎日の様に繰り返される書類を扱う仕事には明確なスケジュールがあるわけではないが、長年の習慣で大体の時間が決まっていた。だからその時間にディーノが仕事部屋に入ると、恭弥はその仕事部屋からディーノが出てくるまで中に入ろうとは絶対にしないのだ。
昼時になればディーノの部下が声を掛け部屋から出てくるので、昼食の時も恭弥が呼びに行くことはない。仕事中仕事部屋に入ってこない、仕事に干渉してこないという面でも恭弥との生活は非常に過ごしやすかった。しかし同時にディーノは寂しさも少し感じていたのだった。
今ままでの女、過去の女は自分が仕事とするとなると初めは応援するくせに、すぐに寂しいだの構って欲しいだの理由をつけて部屋へ構わず入ってきた。自分はボスの恋人だ、愛人だ、だから誰にも文句は言わせないといった顔で。
しかし恭弥にそういった所は一切なく、ファミリーの中でも偉そうにすることはない。だからと言って入り立てのものと同じくらいのつもりでいるか、といわれたらそれは勿論違うが。

とにかくディーノは仕事とプライベートをしっかり分ける恭弥に物足りなさを感じていたのだった。

「それは絶対だめ」

たまには傍で仕事見てたっていいんだぜー? とまで言い始めたディーノに恭弥はすこし冷たい目線を送る。

「なんで?」

ディーノは恭弥にそんな視線を送られる意味が全く理解できていなかった。恭弥がただたんに意地を張っているだけだとディーノは思っていた。

「…あなた自覚ないの?」
「なにが?」

全くもって自分の言いたいことを理解していないディーノに恭弥は少し呆れ、何も分かってないディーノのために理由を説明してあげることにした。
恭弥がディーノの仕事に干渉しないのは、恭弥自身が仕事に干渉されることを快いと思ってないなからだ。同じ職業であっても役職が違えば当然仕事も違ってくる。お互いが快くスムーズに仕事をするには干渉しないのが一番だと恭弥は考えているのだ。
それに恭弥自身ディーノが自分に凄く甘いことは分かっている。仕事部屋に入って怒られることはないと分かっているが、仕事の邪魔をしたいとは思っていないので勝手な行動はしないと決めているのだ。

「あなた僕がいるとすぐ集中できなくなるでしょ。一回甘えたら癖になるんだから絶対だめ」

恭弥はさっきよりもより一層鋭い視線でディーノを見つめる、というよりも睨むに近い形の視線を向けた。

「えー」
「えーじゃないよ」
「えー」

ディーノは意見を変えそうにない恭弥に子供の様に不満を露わにしていたが、それでも恭弥の意見は変ることはなさそうだった。元々恭弥は他人の意見などに振り回されるタイプでもない。

「それにあなた沢田のとこにいくからって仕事詰めたんでしょ?」
「…あれ、俺恭弥に言った?」

恭弥に知らせていない事実を口にされてディーノは少し驚いた。隠していた訳ではないが、自分のせいで仕事が増えたと恭弥に思わせたくなくて黙っていたのだ。言ってないはずなのに恭弥はそれを知っていて、ディーノは部下の誰かが漏らしたのか、と少し疑ってしまう。

「言わなくたってそれぐらい予想つくよ。仕事多いんだから休憩終わったらちゃんとやるんだよ」
「うっ、なんか恭弥母親みたい…」

二人で会話を交わすうちにいつの間にか目的の部屋へと辿り付いていて、二人は部屋に入り用意されたテーブルに向かい合わせに座った。ディーノは恭弥に対しての不満をぶつぶつ呟いていた。

「恭弥は優しいけど厳しい」
「いい大人なんだから仕事しなよ」
「仕事してない恭弥に言われたくない」

ああ言えばこう言う。まさにそんな言葉が似合いそうなやり取りだった。その後もディーノはぶつぶつと不満を漏らしていたが、恭弥が何かを変える様子は全くなかった。休憩を終えて仕事部屋に戻る頃にはディーノは拗ね初め、少し機嫌が悪くなっていた。会話は減り、ディーノはあからさまに拗ねたオーラを出している。

「じゃあ仕事頑張ってね」
「……おう」

部屋に入ったディーノは反応はするものの振り返ろうともしない。恭弥はそんなディーノの行動にあぁ面倒臭い、そう感じたけれどこのままではディーノの部下にまで迷惑を掛けてしまうことが簡単に予想できた。それを考えると、このままディーノを放置して行く訳にもいかない。

「ディーノ」

名前を呼んで振り向かないディーノの腕を引っ張って、無理矢理に振り向かせて唇を重ねた。触れるだけの簡単なものをして、恭弥はすぐにディーノから離れる。

「なっ」
「本当はあなたが仕事してる間会えないのは寂しいよ。でも僕はあなたの仕事を邪魔したい訳じゃない。だから黙って待ってるんだ。待ってるんだから早く終わらしてね」

言い終わると恭弥はすぐに振り返って部屋を後にする。驚いているディーノは放置だ。

「ちょっ、恭弥まっ」
「あぁ、そうだ。続きは後でね?」

わざと口許を吊り上げて恭弥は悪戯に笑った。自分からは滅多にしないそれにディーノがどう思うかは分からなかった上に、こんな行動がディーノの機嫌に直接関係するから分からなかった。が、やってみる価値はあると思った。最後のは冗談のつもりで言った。

…どうやらその行動に効果はあったらしく、その日いつもより大分早い時間にディーノは仕事を終わらせ自室へと戻ってきた。凄くいい笑顔のディーノが現れたために、恭弥はさっきのあれは冗談だよとも言えず、しかたなくその場の雰囲気に流されることにした。


***


ディーノの詰めに詰めた仕事が思っていたよりもあっさりと終わってしまい、綱吉の元への報告もあっさりと終わってしまった。許可を貰えるかディーノは酷く心配していたが、綱吉はこれまたあっさりと二人の婚約を認めた。ただし条件付きで。ディーノはこの時恭弥が初めて綱吉に連絡を一切入れてないこと、勝手に休んでいたことを知って怒ったが、その後に黙ってた理由を聞いて何も言えなくなってしまった。


――最初にあなたの傍に居るって言ったでしょ。あなたとの時間を仕事に邪魔されたくなかったんだよ。


あまりにも素直に恭弥が言うので、ディーノはこれ以上恭弥を怒ることは出来なかった。なによりも自分との時間のために黙っていた、その理由がとても嬉しかったのだ。恭弥に甘いなぁとディーノ自身思いつつも、これからはちゃんと連絡するんだぜ、の一言で片付けてしまった。
綱吉に挨拶に行ってからは公認の関係になったため、二人のことがファミリー全体に知れ渡るのはあっという間だった。そもそもキャバッローネのものは、恭弥が起こした事件から今日までの二人を見ていたのでとっくに知っていた。
婚約したということが知れ渡ると、人々の興味は自然と次の段階へと移っていた。結婚式はいつか、そう聞いてくるもんが少なからず出てき始めていた。

ディーノは式をするなら同盟ファミリーを呼んで大きな会場でやりたいと考えていたが、元々人と群れることが嫌いな恭弥は出来れば式を挙げたくなかった。そんなものをしなくても籍を入れてしまえば互いは夫婦になる。恭弥はそれだけでも十分だと思っていた。夫婦になるまでの過程が大事なのではなく、結果さえあればいいと考えていたのだ。
しかしディーノはどうしても式にこだわり、最後には妥協して小さくてもいいからやらせて欲しいと言って来たのだ。そこで他の同盟ファミリーとファミリーの多くには申し訳ないが、わずかな人数で式を挙げることに決まり、群れ嫌いな恭弥のために式はボンゴレの幹部と昔からの顔なじみのみですることになったのだった。
会場はイタリア郊外の小さな教会となった。人数を集めないならどちらかの本拠地で式をしてもよかったが、せっかくするのにそれは嫌だという恭弥のために用意された場所だった。あまり人の集まらない小さな街にあるけれど、そこはボンゴレの目の届く地域で治安は本部のある街とさほど変らないところだ。
小さいながらもその教会を取り巻く敷地は立派なもので、度々そこでは式が行われることがあるようだ。建物の中は白で統一され、一見地味そうに見えるが手の込んだ装飾はシンプルながらもまとまりをみせていた。恭弥が気に入ってくれるかディーノは心配していたが、下見の時の恭弥を見ていたらそんな心配は何処かに行ってしまった。

「…綺麗」

中に入って恭弥は開口一番にそう呟いたのだ。小さく呟いた言葉ではあったが、ディーノがそれを聞き漏らすはずもなく気に入った様子の恭弥にディーノも満足していた。

「恭弥のために選んだ場所だから、気に入ってくれて嬉しい」
「ここなら文句はないよ」

恭弥もえらく気に入った様子だったため、会場が決まった以上他に式を長引かせるものは何一つなくなり、式の日取りも順調に決まった。ドレスや式のプランを決めれば本番はすぐにやってきてしまった。

「きょ、恭弥」
「なぁに?」

新郎のディーノはかなり緊張していた様子だった。しかし反対に恭弥はとても落ち着いていた。ディーノは今確かに緊張しているがそれも今のことであり、式が始まれば持ち前のボス気質でなんとかしてしまうのが恭弥には分かりきっていたのだ。
自分と比べてあまりにも落ち着いた様子の恭弥にディーノは声を掛けたのだ。恭弥は既にドレスに身を包まれ、式が始まるのをただ落ち着いて待っていた。
真っ白いドレスは恭弥の黒を際だたせ、赤い唇はなんとも言えない色気を醸し出している。

「緊張してないのか?」

ぷるぷると揺れる拳をぎゅっと膝の上で握りしめるディーノは言う。隣に座る恭弥は本当に落ち着いていて、何も心配事はない様子だった。

「どうしてしなくちゃいけないの?」
「いや、しなきゃいけないもんじゃねーけど…よく平気だな」

俺は色々失敗しそうで怖い、とディーノははははと笑う。

「心配はしてないよ。だって全部あなたに任せるつもりだからね」
「へ?」

あなたに任せる、その発言に驚いてディーノは気の抜けた反応をしてしまった。

「リードしてくれるんでしょ?」
「そりゃまぁ、」
「あなたに任せるんだから心配事なんてないよ。大丈夫。ディーノなら失敗はしないよ」

そこで恭弥が微笑んだと同時ぐらいにまもなく式が始まるとの声を掛けられた。ディーノはすーはーすーはー深呼吸をして立ち上がり、恭弥は先程まで被っていなかったドレスと同じ真っ白のベールを被る。恭弥のためにディーノがフルオーダーで作らせたドレスは恭弥にとてもよく似合っていた。
立ち上がるとシンプルかつ可愛らしくまとめられたデザインがよく分かる。

「俺、今日を恭弥と迎えることが出来て幸せだ」
「まだ終わってないよ?」

まるでもう式が終わったかのような発言をするディーノに恭弥はくすくすと笑ってしまう。この控え室で準備を終えて開場するまでの間、ディーノは緊張のせいか色々突然な発言が多かった。
緊張するしないの話をしていたかと思えば、今度はいきなり式が終わってしまった後のような発言。もう何が何だか分からずそんなディーノが可笑しかった。

「恭弥、すっごい似合ってる」
「ありがとう。ディーノもね」


そこまで交わすと開場を表わすアナウンスの声が聞こえて、ディーノは恭弥にそれじゃあまた後でな、と言い残して先に控え室を出て行った。






今日、僕はこの人と、ディーノと式を迎えられることができて本当に幸せだと思う。

ありがとうディーノ、僕を好きになってくれて、そして今日式に参加してくれる人々にも感謝したいと思う。


こんな僕にこんな幸せをありがとう。




これからはあなたと二人で生きていきます。


[ 12/13 ]

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