沢山の知らないこと

自分の生活の中に"女"という存在がいるのは酷く面倒だと感じたことがある。女というのはあなたのことを思って、なんていかにもあなたのことを考えているのよと言った口ぶりでどんな時でも大抵自分を優先する。所詮自分が可愛くてしかたがない生物なのだ。
自分が可愛い。これは性別関係なくどんな人間にも備わっている欲かもしれない。俺も自分が可愛いか可愛くないかのどっちだ、と聞かれたらそれは可愛いと答えるだろう。しかし女のそれは男の俺が感じるそれとは違う気がしてならないのだ。

昔結婚を約束した女がいた。屋敷に呼んで一緒に生活を始めた。世間一般的に言えば同棲というものであるが、俺の場合は立場がらそう言っていいものか分からない。
マフィアのボスである俺と同棲する。それはつまりその屋敷や屋敷に出入りする部下達と共に生活をする、ということなのだ。そんな生活に彼女が馴染めるかどうかの心配はあったが、彼女自身小さなマフィア出身であり、本人の希望から俺はそうさせた。
好きな相手であれば、将来の約束をした彼女であれば多少の難はあっても上手くいくと俺は信じていた。

しかし女というものは俺が思っていた以上にやっかいだった。ボスの女、いきなりそんな地位を手にした彼女は、初めの間は検挙な態度で振る舞っていたが、数ヶ月もすればそんなものは微塵も感じることが出来なくなっていた。
初めは部下に口を出し仕事をする俺に口を出し、最後には自分の都合で俺に仕事を選ばせる様になっていた。ボスという立場にあれば夜会への誘いはそう少なくはなく、まだ婚約をしていない俺にはいくつかの見合いの話が来ることも少なくはなかった。

気が付けば俺の仕事はなんでも彼女の都合に合わせてとなり、生活までもが彼女中心の生活となっていた。

いつしか耐えられなくなって俺は彼女に婚約の撤回を求め、屋敷から出て行くことを要求した。部下の一人、ロマーリオにまだ二十二なんだからそんなに将来を焦らなくていいんじゃないか、と言われてようやく決心がついたのだ。
晴れて独り身となった俺はしばらくは仕事一筋にすることにした。そうしてようやく身辺が落ち着いた頃、昔世話になった家庭教師から連絡が来た。それがリボーンからの連絡で、ボンゴレの守護者の修行をしてくれないかというものだった。(実際はもっと強引だった。)

それが俺と恭弥の出会いだったのだ。

恭弥が女と知った時、俺はリボーンの頼みであっても断ろうと思っていた。女との関係に疲れた時にまた女の相手をするなんて考えられなかったのだ。
しかも相手は中学生だ。恋に生きるのが丁度楽しくなってきたという頃で、誰でも構わず外見で判断してすぐに惚れて告白。自分で言うのはあれだが、俺は昔から顔だけはよかったために、女に苦労したことなんて一度もない。むしろ常に女が傍にいたことにうんざりしてた程だ。
きっと今度も面倒臭いことになるだろうと思った。

しかし蓋を開けてみれば予想なんて一つも当たりはしなかった。恭弥の家庭教師というのは想像以上に大変で、同時にすごく俺自身も楽しむことが出来た。当初の問題なんて何一つ起こらなかった。問題としてはいつしか俺ばかりが恭弥を追いかける様になって、付き合うまでにかなり時間が掛かったということだ。
しかも付き合い始めたら二人でいれる時間は少なく、気が付けば俺は恭弥で埋められないなにかを他の女で埋めていた。愛人という存在が当たり前になっていた。

そんな日常が壊れたのが先日のことだ。恭弥には愛人いるということが(これは元々知っていたらしい)バレその相手と鉢合わせ。さらに屋敷内で暴れられたせいで屋敷はあちこち壊れ無傷な部下はロマーリオぐらいしかいなかった。みんな恭弥の餌食になって、俺なんて部屋の扉から破壊された。しかもその後は本気で死ぬかと思うくらい殴られたり蹴られたり。
結局恭弥とはこれからここにしばらく恭弥がここに住むということで解決した。色々あったけれど俺は恭弥が好きで恭弥も俺のことが好きだったのだ。



[沢山の知らないこと]


「ただいまー」

突然の電話で呼び出されるままにボンゴレの本部へ行った。しかしディーノの姿を見るなり綱吉は大変な時期にすいません! と言うとすぐにディーノを今降りたばかりの車に押し込んだ。そのままロマーリオが気を利かせてあけた助手席の窓から、俺の用件は大したことないので治療に専念して下さいね、と告げる。
すまねぇな、と告げてロマーリオはすぐに車を発車させて気が付けば帰って来ていた。車を降りてまだあちこち痛む身体に無理をさせて自室に戻る。
新しく付けた扉を開けて中にいるはずの恭弥に向けて言うと、恭弥は奥の書斎から顔だけを除かせる。

「おかえり。随分早かったね」

片手に本を持ったまま恭弥はディーノに近づく。

「おー、なんか俺のこと見たツナが凄い形相で帰って治療に専念して下さいって」

身体痛いの無理して言ったのになー、そう続けながら上着を脱いでディーノはゆっくりとソファーに腰を下ろした。一つ一つの行動全てが今まで通りにスムーズにできず、何をするにも小さな痛みが伴った。

「ま、あなたのそんな姿みれば誰でもそう思うかもね」

くすくすと恭弥は笑ってディーノの隣に腰を下ろした。ディーノは痛みで苦労しているというのに恭弥は可哀想に、とも言わずに逆に楽しそうにしていた。何かあると特に痣の酷い頬にすぐ触れようとする。
恭弥自身が付けた傷に恭弥が"可哀想"という感情を持つのはおかしなことかも知れないが、ディーノはもう少し恭弥に気に掛けて欲しかった。

「恭弥ひでぇ」

抱きしめたかったけれど恭弥の体重を支えられるほど今の身体は丈夫ではなかった。腕はだるくて力を込めるのも困難だ。膝にのせてやりたくてもそれはどうしても出来そうにない。そこまで我慢できるほど紳士になれる自信がディーノにはなかった。
恭弥の前で格好付ける必要のなくなった今、そんな見栄をはる必要は何処にもなかった。ただ距離を縮めて恭弥に擦り寄る。

「自業自得でしょ」

むに、

「いでっ」

自分に少し寄りかかる形で寄ってきたディーノの頬をつねってやった。勿論痛いのは承知の上だ。痛がるディーノを見て恭弥はまた悪戯に笑う。
その笑顔は本当に小悪魔以外のなにものでもなくて、ディーノはこの笑顔に振り回されてるんだよなぁとしみじみと感じていた。昔はそんなに笑う方ではなくて、表情すらもあまり豊かではなかった恭弥。
所が今はどうだろうか。驚くほどに恭弥は笑顔でいることが多い。悪戯に笑う恭弥に釣られてディーノの顔の筋肉も緩む。

「なぁ、恭弥ぁ」

だらしなく力なく擦り寄った相手の名前を呼ぶ。少し首が痛いなぁなんて思いながら恭弥を見ると恭弥はもっと楽にしたら、と少しずれてディーノの頭を膝に乗せる。
何も言わずに気をつかってくれる恭弥にディーノはたまらなく幸せを感じて、緩くなった口許を更に緩ませた。

「なにあなた、気持ち悪いくらいにやにやして」
「にやにやじゃねーの! 俺は今たまらなく幸せを感じてるわけ!」

ぶーぶーと子供の様に拗ねたフリをすると恭弥はそう、と呟いて先程書斎から持ってきた一冊の本をに目を移した。その本は見覚えがあった表紙であったけれどタイトルの印刷はかすれて何の本か見えない。何の本か思い出そうとしたけれど、恭弥が幸せそうに微笑むもんだからそんなものはすぐにどうでもよくなってしまった。

ただ幸せだなぁと思う。つい先日までは恭弥のとの距離をすごく遠くに感じていたのに、今はすごく近くに感じることができる。受けた罰はすこし多いどころか多すぎる気もするが、今が幸せならそれでいいかとさえも思ってしまう。結局手に入れたいものを手に入れることができて、この結果に不満がある訳ではないのだ。
恭弥を好きになってよかった、今があって本当によかったと感じる。

「恭弥、」

さっき言おうとしたことを言おうと思って恭弥に声を掛ける。すると恭弥は本から視線をずらして下に向けた。

「なに?」

恭弥の左手に手を伸ばす。その薬指には昔上げた指輪が渡した当時と変らぬ姿で納まっている。恭弥はそれをずっと外さずにいてくれたらしい。

「この前言ったこと覚えてるか、」

この前、ディーノが言うそれはあの事件の起った次の日のことを指していた。
自分に預けられた恭弥の左手をディーノは自分の元へ降ろす。指輪のある左手になんとなく口付けた。軽く触れて何を言ってるのか分からない、という表情の恭弥にそのまま視線を向けた。

「結婚したいって、言っただろ」

その一言をいうのになんとなく緊張した。そんなこと言った? なんて言われてしまわないか不安になりながらも恭弥からの返事を待つ。
もしも駄目と言われたらどうしようか、あれは冗談だと流されてしまったらどうしようか。いくつもの良くない予想が脳裏に渦巻く。

「いいよ。そう言ったの覚えてない?」
「…あ、あぁ、うん」

嬉しはずの返答だったのに、ディーノはすぐに返事を出すことが出来なかった。"いいよ"そう言う恭弥があまりにも柔らかく微笑んで見下ろしたので、ディーノは一瞬その表情に思考を奪われてしまったのだ。
昔から恭弥の魅力に思考を奪われたことは何度かあるが、こんなにも至近距離でみとれてしまうのはこれが初めてのことだった。例えばパーティに出席する時、普段はさほど着飾らない恭弥が華やかな色の装飾品と衣服に包まれるその姿に驚いて言葉を失ったことがある。普段は目立たぬようにと地味なもので身なりをまとめる恭弥が、女であることを誰もが見て分かる服装でいることにもの凄く新鮮さを感じたのだ。
そしてそれと同時に凄く綺麗だと思った。多くの人の中にいても凛と立つ彼女はディーノの視界から離れることはなかった。ただ恭弥はどのパーティでもあまり近くに寄ってくることはなかった。どんな時だって守護者の一人として参加していたのだった。
恭弥から近寄ってくることはなく、ましてや話しかけてくることもなかった。話しかけても誰が聞いても問題ないような会話ばかり。だからディーノは近くで恭弥のこんな姿を見たことがなかったのだ。

「ねぇ、僕の顔になんか付いてる?」

質問の答えを返したのにただじっと自分の顔を見上げるディーノが気になって、恭弥はディーノに問いかけた。

「やっなんも付いてねぇよ!」
「そう、ならいいけど」

ただ見られてるのは気分が悪いからね、恭弥はそう告げて持っていた本に視線を戻し左手に本を持ち替えて読み始めた。

「綺麗だって思ったんだよ」

ディーノがそう口にしても恭弥はなにも返さなかった。ディーノの視線からは恭弥が読んでいる本が邪魔をして、恭弥の表情まで見ることはできない。何も言ってこない恭弥の考えは相変わらず理解できず、これで聞いてなかったと言われたらそれは悲しいなぁと思っていた。

「恭弥があんな風に笑うなんて俺知らなかった」

恭弥は何も言ってこないが、ディーノはまた恭弥に向けて言葉を発する。今度は本をずらしてディーノを見下ろす恭弥と視線が合う。恭弥は突然ディーノが何を言い出したのか分からない、という顔をしている。
それでもディーノは恭弥が聞いていてくれたと言うことに嬉しくなって少し頬の筋肉を緩めた。

「俺さぁ、恭弥と10年も恋人してたんだぜ? それなのに知らないことばっかりなんだよ。今までに恭弥が綺麗だって思ったことは何度かあっても、さっきみたいに間近で感じてみとれたのは初めてだ。そんなに柔らかい表情をする恭弥を俺は知らない。そんなに優しい目をするなんてことも、こうやって膝を貸してくれることだって知らなかったんだ」
「…なにが言いたいの?」



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