07.無造作に笑ったあなたとその先の

あの日は何も起こらなかった。あの人が何かをしてきたらどうしよう、と少し心配していた僕はそんな自分を恥じた。

何を勝手に期待していたんだろう。
あの人の告白に(嘘と分かっていても)良い返事を返さなかった以上、あの人の興味はもう僕に向けられることはないだろうに。きっと手を出して来なかったのは、僕の幼さに気が付いたからだ。僕はまだまだ成長途中で身長はそこそこ高い方だけど、女らしい体つきではない。
今まで女らしく見られたいなんて思ったことなかったから、自分の身体を気にしたことはなかった。けど、あの日僕は気が付いてしまったのだ。僕は服装によっては男にしか見えないほど女らしくないことに。

きっとあの人は僕を我が儘な餓鬼だと思っていて、相手をするのもうんざりしているんだ。証拠にあの日からあの人はなんとなくよそよそしくなった。
僕は誰かとこんな風に接したことはないから、あなたが何を考えているのか分からない。





あの日から恭弥との接し方が分からなくなった。今まで通りでいいと思いつつも、それまでの自分を偽りすぎてどう接してたのか分からなくなった。どこまで自分を出していたのかも分からない。
そんなことをごちゃごちゃ考えていると何を口にしても、行動をしても疑問が付きまとった。

その原因の一つに恭弥の態度も関係している。恭弥は相変わらずの態度と表情で、何を考えているのか分からない。あ、これは嫌がられたかもと感じても、はっきりと拒まれることはない。
嫌われてるかどうかは曖昧だったが、好かれているかどうかも曖昧だった。今もこうして修行しているということは、顔も見たくないほど嫌ではないはず。
それでも休憩の度に話掛ければ反応は薄い。返事はだいたい「さぁね」「知らない」。恭弥のことを知ろうと決めたのにいきなり行き止まりにぶつかった。


「集中しなよ」

その言葉にディーノの思考が現実に引き戻される。目の前には、あと少しで顔面にぶつかりそうなトンファーがあった。

「わ!」
「やめる」

ディーノが驚くと、恭弥の空いた手に握られた獲物がディーノの腹部に衝撃を与える。強すぎないそれに少しよろけて後退ると恭弥はすでに帰ろうとしていた。
勝手に帰るなとディーノが叫べば恭弥は珍しくムスっとした顔をしていた。感情が分かりにくい恭弥にしては分かりやすい。

「真面目に相手をしてくれないなら意味がない」
「ちょっと考え事してたんだよ、悪ぃな」

ディーノの返事に恭弥はまた不機嫌になった。恭弥にとってはディーノは考え事をする程余裕があった、と聞こえたからだ。
恭弥からすればいつだって本気で怪我をさせるつもりでやっている。それでもまだまだディーノには敵わない。そんなディーノの強さに腹が立ち、また弱い自分にも腹が立った。

(相手をしてる間くらい、僕のことを考えなよ)

それは真剣に相手をして欲しいから思ったことなのか、ただの独占欲か、それとも他のなにかからなのか恭弥には分からなかった。

「あー…じゃあ今日は止めるか?」
「帰る」
「待てって!」

すぐに帰ろうとした恭弥をまたディーノは引き止める。話をちゃんと聞けよなぁ、とディーノはこうゆう時だけははっきりと意思を見せる恭弥にため息を漏らした。

「用はもうないよ」
「…飯食いに行くか?」

修行以外で恭弥を知る術はないか、そんなことを考えたディーノが思い付いたことはご飯だった。前にホテルで一緒に食べたことがあるから、当然断られないだろうと予想していた。

が。

「やだ」
「…なんで」
「やだ」
「恭弥の食べたいもの食わしてやるぜ」

そうディーノが言うと、恭弥はすぐには返事を口にしなかった。少し何かを考えている様子だ。

「ハンバーグ」

予想外の言葉にディーノの目が丸くなる。これは行ってやりとのことなのだろうか。

「…好きなのか?」
「うん」

恭弥のイメージからは予測出来ない可愛らしい答えに、ディーノは思わず笑みが漏れた。笑ってじゃあハンバーグな! と撫でてやると恭弥は少し嫌がってはいたが、少し嬉しそうにしていた。
そんな恭弥に可愛いとこうやって接すればよかったのか、とディーノは1人納得していた。





それでも、その笑顔の真意が恭弥には分からなくて少しの疑問が渦巻いていた。

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