06.願わくば、君の隣で

恭弥がテラスに出てから結構な時間が経っていた。

気になって向けた視線をすぐに戻し、再び瞼を閉じた。しかし恭弥がすぐに戻ってくる様子はなく、再びディーノが視線を向けると恭弥は変わらずの後ろ姿だった。
少し上を、空を見上げて何か考えている様子だ。夜空とか星空が好きなんだろうか、それとも単に並盛というこの町が眺めるほどに大好きなんだろうか。いくつか疑問を上げてみても、正確な答えはディーノには分からなかった。
恭弥は多分学校が好きだ。だから並盛が好きというのは予想がつく。けれどそれは本人から直接聞いたものではなく、ディーノの推測でしかない。

家庭教師と生徒、師匠と弟子。

そんな関係でありながらもディーノは恭弥のことを知らなさすぎた。幼い頃、リボーンとの時はこんなだっただろうか。
考えて浮かぶ答えは一つだ。違う、こうじゃなかった。同じ人物ではない以上違いはあって当たり前。それでもそんな言葉では済まされない程に、ディーノは今更恭弥に距離を感じた。
自分では近付く努力をしているつもりだった。

…もちろん、フリで、だ。

ディーノが本心では近付くことに面倒と感じている様に、恭弥もディーノから距離を取っている。それは現実的な意味でもあり、精神的な意味でもあった。


恭弥の感情を露にする姿に餓鬼だと思ったことは何度もあった。我慢出来ないなんて、大人ぶったふりをしてる癖になんて子供っぽいんだろうか。そんな風に思ったことだって何度もあった。
俺は大人だから、家庭教師として来たから、マフィアのボスだから、だからそんな我が儘は言わない。お前の年にもそんな我が儘は言わなかった。
そうやって自分のことを棚に上げて、現実から目を反らしていたんだ。


テラスにいる恭弥との距離はそんなに離れていないのに、ディーノにとっては果てしない距離に思えた。追いかけても追い付けそうにない。
そんなことを考えていると恭弥が動くのが見え、ディーノは慌てて視線を外し寝てるふりをする。すぐに恭弥が部屋に入る音がして、小さな足音が近付いて来るのが聞こえた。

(……、)

ソファーに近付いて止まった音にディーノの心臓は高鳴る。変な緊張感が渦巻き、寝たふりだとバレないように必死に装う。
恭弥が何をしているのかは、目を閉じたディーノには分からなかった。しばらくして離れていく足音にほっとすると、また足音。今度はなんだと思った。
直後、何かを掛けられ恭弥はベッドに戻って行った。ディーノが目を開けると掛け布団が掛けられていた。
恭弥の行動と気遣いに驚いていると規則正しい寝息が聞こえる。ゆっくりと起き上がり、静かに恭弥のいるベッドを見れば膨らみが一つ。小さく上下する膨らみは恭弥で、掛け布団の下にあった薄い毛布一枚で眠っていた。
こんな時期にそれで寝るのは肌寒いだろうに、恭弥は気にもせずディーノに布団を掛けたのだ。ディーノは酔った勢いで寝るつもりだったため、横になる場所以外は気にしていなかった。
何も掛けずに寝なくても、一日くらい風邪を引くこともないだろう。しかし恭弥がせっかく掛けてくれた掛け布団をそのまま戻すのはもったいなくて、ディーノは静かに部屋を出ていった。
向かうのは部下の部屋、空いたベッドのある部屋だ。そこで掛け布団を拝借すると部屋に戻り、恭弥にそれを掛けてやった。

恭弥の寝顔を見るのはもちろん始めてだ。普段の不機嫌そうな顔以外はみたことがなかった。
恭弥の寝顔は女の子のもので自然と可愛らしさを感じることが出来た。まだあどけなさの残る横顔は中学生らしく、恭弥らしくはなかった。
こんな少女はディーノの知る恭弥ではない。人を思う優しさがあるなんて知らなかった。こんな顔が出来ることも知らなかった。

(俺、嫌われてんのかな…やっぱり)

恭弥に好かれようとディーノがしてきたことは、なにもかも嘘偽りだった。本心で思ってしたことは何一つない。
優しく接したのは自分に気を持たないことに腹が立ってだ、想う様な言葉を掛けるのは振り向かない態度に苛ついたからだ。

なにもかもが嘘だった。

それなのに、ディーノに対して恭弥は優しさを見せたのだ。


いつまでも餓鬼だったのは自分の方だったのかもしれない。馬鹿みたいに自分を通そうとして、押し付けて。
なんで始めから向き合うことに背を向けてしまったんだろうか。なんで恭弥のことを本心で考えてやることが出来なかったんだろうか。

もしもまだ少しだけでもやり直すチャンスがあるなら、それなら俺はやり直したい。嫌いにならないで欲しい。二人の間の開き過ぎた距離が少しでも埋まって欲しい。

出来ることならば、こんな少女としての顔も見せて欲しい。



願わくば、君の隣で。


[ 6/21 ]

[] []



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -