04.あなたの大きなジーンズ

初めてみたあの人の本当の顔に時間が止まってしまった。あの人の受け取ったタオルと、さっきまでそれを持っていた自分の手。
普段からは考えられないほど近付いた距離に、心臓は早鐘を打つ。それは次第に音を拡大させ、頭が痛くなりそうなほどに大きくなった。

(聞こえません様に、)

そう考えるのが精一杯だった。他には何も考えられなくて、気が付くと冷たい雨が自分に降り注いでいた。
それでやっと傘が落ちてしまったのだと気が付いた。


「恭弥?」

落ちた傘に気が付き、それを拾うとディーノは恭弥を覗き込んだ。じっと見つめたまま恭弥は動かない。

「どうかした「触るな」

心配して手を伸ばして来たディーノが触れる前に、恭弥は我を取り戻し頭に触れそうだった手を止めた。冷たい物言いにディーノは一瞬目を見開いて驚いた。

はっきりと拒絶する様な言い方は恭弥自身のためでもあった。今みたいに空気に飲まれてしまわない様に、わざときつい言い方をしたのだ。
簡単に相手を受け入れる性格ではないことは恭弥自身分かっていたが、ディーノ相手には何故かそれが通用しない。普段なら誰かを気にかけることすらないのだ。

(…やっぱ可愛くねぇ)

そんな恭弥の行動にディーノも我に返り、先程思ったことは勘違いだとすぐに思いたくなる。実際思わずにはいられなかった。しかし一度違う一面を見てしまうと、頭のどこかにそれは張り付いて剥がれなかった。
もっと心を開いてくれてもいいのに、そう思いながら恭弥に中に入ることを促した。

「傘返したから」
「あっ、待てっ…うわぁ!」

雨の中、先に行く恭弥を追いかけ様とするとディーノの足元が滑る。次の瞬間には恭弥にも盛大に水滴をかけながら傘は落ち、ディーノは前のめりに転んだ。

二人してさらにびしょ濡れになった。



*



適当な理由をあれこれと付け、ディーノは恭弥を自分のホテルへ連れてきた。ホテルに着くなりタオルを渡すせばさっさと拭き始める。

「あ、あれだ、着替えるか…?」

沈黙に耐えられずそんなことを口にすれば、恭弥のいつもと変わらない冷たい視線を向けられる。いつもと同じに見えて、いつもより少し冷たく感じるのは多分正解だ。よく考えてみればこの状況は変だった。
恭弥を余計に濡らせてしまったのは確かにディーノで、それに申し訳なくなってホテルに連れてきてタオルを渡したまではいい。着替え、という発言はさすがに恭弥でも何を言ってるんだと思うに決まっている。

「…着替えないんだけど」

ディーノが発言に後悔していると、当たり前の発言が恭弥から返ってくる。

「そうだよな、えー、と、あ、これ着ろよ」

自分の服、上下を差し出して言うと恭弥はもう何を考えているのか分からない表情をしていた。嫌がってるのか、あり得ないと呆れているのか分からなかった。
実際は恭弥もこの状況に理解出来ていなかった。あまりにもしつこくディーノが来いと言うので、途中から面倒になって着いて来ることにしたのだ。自分のホテルに呼び出すくらいだから、多少の下心でもあるのかと思えばそうは見えない。
ディーノはここに来て急にことの異変に気付いた様子だ。恭弥は差し出された明らかにサイズの合わない着替えを前に、言葉を失ってしまったのだ。

(どうして欲しいの。)

もう訳がわからなかった。

「ねぇ」
「ん?」
「それ、上はいいけど。…あなたのジーンズはサイズが大きすぎるよ」
「あっ! あ、そう、そうだな…」

状況も可笑しかったがディーノも可笑しかった。


結局ロマーリオに適当な服を買ってきてもらうことになった。恭弥はディーノの服に比べたらまだサイズが合っているスウェットに着替えることになった。

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