03.傘を返しに

あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。

気が付けば辺りは暗くなるほどに雨雲は濃くなり、そしてディーノは服から水が滴るほどずぶ濡れになっていた。



「そう言えばボスを知らねぇか?」

恭弥が応接室に戻ってからかなりの時間が経過していたが、ディーノの姿が見えずロマーリオは恭弥に問いかけた。ディーノは草壁に恭弥の居場所を尋ね、屋上に向かったはずなのだ。
それなのに応接室に戻ってきたのは恭弥1人だけで、ディーノの姿はどこにも無かったのである。恭弥の手に握られていた傘から、恭弥がディーノに会ったことは分かっている。

「さぁね」

恭弥は今見ていた書類から目を離すことなく、ロマーリオの問いに答えた。

まさかあのまま屋上にいるなんて考えられなくて、校内を自由に歩き回っていると思ったのだ。ディーノが来たのは放課してからすぐのことで、生徒達はまだ学内に残っていた。それもこの雨で今ではすっかり減ってしまった。
部活動以外の生徒が校舎に残ることが基本的に認められていない並中では、放課後に残る生徒はいない。

ディーノがいないことは恭弥にとってはどうでもいいことだった。知り合いの綱吉に会いに行ったのかもしれない。
それなのに、恭弥はあのふざけた告白が気になっていた。


ディーノは恭弥にとって凄く変な存在だった。初めて会った時は明らかに馬鹿にした視線を向けられ、当然の様に自分に自信を持っている様に見えた。けれども余りにも恭弥がなつかないと知ると、急に優しくなったり急に女の子を強調した扱いをしてきたり。
ディーノの態度の変化に、恭弥はそれが嘘だと分かっていた。自分を意識しない異性が認められない人なんだ、いつの間にか恭弥の中でそんな結論が出ていた。
だからわざと反応も示さず意識もしなかった。本当は慣れてないだけだったのに。
しかしディーノがそんな恭弥の思いを知るはずもなく、ディーノはただ相手にされてないのだと思っていた。恭弥には恋心も無ければ自分を可愛らしく見せようと思うこともないのだと。
それはディーノにとって好都合なはずだった。なぜなら始めに生徒が女だと知った時、確かに面倒だと感じたからだ。女の子、それも中学生ならすぐに好きだの付き合ってだの言ってきて、修行らしい修行が出来るのは時間の問題だと思っていたのだ。
だから恭弥がその予想を裏切ったことは、ディーノにとって嬉しいことのはずなのだ。それなのに、ディーノは恭弥のそんな態度が気に食わなかった。そして同時に気になってしまう理由となっていた。

(まさか、)

どうでもいいとは思いつつも、戻って来ないディーノのことが恭弥も気になっていた。ロマーリオが聞かなければ、絶対に気にならなかったはずなのに。
恭弥の頭に先ほど考えたことが浮かんでいた。まさか、あのまま屋上にいたりして。

恭弥は見ていた書類を片付けると草壁に帰っていいと伝える。先ほどディーノに持たされた傘、それと応接室に置いてあるタオルを一枚鞄に入れて応接室を出る。ロマーリオには勝手にすればいいと伝えて。
生徒が殆どいない校舎を屋上目指して進んで行く。これでいなかったら無駄足だとは分かりつつも、気になってしまった以上は確かめずにはいられなかった。
数十分前に閉めた扉を引くと、そこには

――やっぱりディーノがいた。

「何してるの」

ディーノの傘をさして近付いた。先程された様に、恭弥もディーノを傘に入れた。もちろんディーノはすでにびしょ濡れで、それは大した意味を持っていなかった。

「あなたは馬鹿なの」

髪からぽたぽた水の滴るディーノを見上げ、恭弥は言った。雨の中で傘もささずにただ立っているなんて、正気ではないに決まっている。
それでもディーノは何も言わなかった。

「あなたの部下が探してたよ」

視線が合うのにディーノはどこか遠くを見つめている様だった。視線が合うのに、すれ違っている。そんな感じだ。

「これ、気休め程度だけど拭いたら。…校舎を濡らされると困るからね」

鞄から取り出したタオル。先程恭弥が鞄に入れてきたタオルをディーノの顔に押し付けると、やっとディーノは反応を返した。
恭弥の手からタオルを受け取り、少し顔を拭く。

「恭弥は、優しいな」

そう言って笑ったディーノの顔は、恭弥にとって初めて嘘ではないと思える笑顔だった。無理に笑ってない自然な柔らかいものだ。
そして、ディーノも初めて恭弥の本心に触れた気がした。



勝手に可愛くないとか女の子らしくないとか、そんなことを思ってきたけれど。それは全て勝手な思い込みにすぎなかったのかもしれない。
ただ恭弥のことを知らないだけで、知ろうともしていなかっただけなのかもしれない。


そして、それは多分お互いに、だ。

[ 3/21 ]

[] []



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -