02.負け犬に雨

可愛くない。
生意気。

そしてかなりの負けず嫌い。


この三つはディーノが恭弥に対して真っ先に感じたことだった。屋上で修行として相手をすると、とても女の子とは思えなかった。確かに力はディーノには勝るものではなかったが、一般的な同い年の女の子に比べたらかなり強い。周りから恐れられているというのは、噂だけではないとディーノにも分かる。
そして恭弥は余りにもディーノのことを意識することが無かった。少なからず容姿に自信のあったディーノは、恭弥が必ず自分の容姿に意識をしてくると確信していたのだ。
しかし現実は違っていた。

恭弥はディーノを意識する所か興味すら示さない。興味があるのはあくまでも相手をしている時のみらしく、普段は会話にすら反応しない。近付いても恥ずかしがる素振りもせず、眉間に皺を寄せ不機嫌になる。
恭弥には恋心が存在しないのだろうか、そんな疑問をディーノは抱かずにはいられなかった。
今まで出会ってきた女の子達は少なからず異性に興味を持っていた。むしろ女の子でなくてもそれは当たり前の感情だと思っていた。

そんな恭弥の意外な一面を見たのは、天気の悪いある日のことだった。


*


何時もの様に訪れた応接室に恭弥の姿は無かった。いつも側にいる草壁に尋ねれば、多分屋上だと言われ、ディーノは屋上に向かうことにした。
屋上へ続く階段でロマーリオに持たされた傘をそのまま持って来てしまったと気が付くが、置きに戻るのは面倒でそのまま持って行くことにした。ロマーリオは草壁と話をするために応接室にいて、持っていてもらう相手もいなかった。
まぁ天気悪いし、と心の中で結論を出し、開け放たれた屋上へ続く扉を通り抜けた。

すぐに扉から一番離れた向かいのフェンスに恭弥の姿を見つけた。
1人、フェンスにもたれる様に立っていた。
普段と変わらない無表情に近いその横顔に、見慣れていたはずなのに何故か新鮮さを感じたことはディーノにとっても不思議だった。

(…落ち込んでる?)

普段と変わらないはずなのに、それでもどこか雰囲気の違う恭弥にディーノはそんなことを思った。
恭弥がディーノに勝ったことはまだ一度も無かった。ディーノも恭弥に負けると感じたことは一度も無かったが、それを表に出さない様に気を付けていた。
自分を全く意識しない恭弥に、自分も女と意識しない様に意地を張っていたのだ。女に負けるのはそれなりの精神的ダメージがある上に、女だと手加減してやるのは癪だった。生徒としての手加減はしたが、女を意識しての手加減はしたことは無かった。

(恭弥でも悩んだりするんだろうか)

失礼なことを思いながらディーノは恭弥に近付いた。

「なに」
「今日も相変わらず、可愛くねーな」

近付けば恭弥はいつもの様に不機嫌だった。まるで全身でディーノを嫌いとでも言うかの様な否定的な態度は、今に始まったことじゃなかった。

「雨降りそうだから中入れって」
「やだ」

一応教師らしい態度を取ってみるが、あまりにも可愛くない恭弥の態度に、ディーノはいつもの様に苛立ちを感じる。
何度言っても恭弥はやだと繰り返すばかりで、そんなやり取りをしているとついに雨が降りだした。持ってきた傘を開き、ディーノはその中に恭弥も入れてやる。

「なんのつもり」
「雨、降ってきただろ」

近付けば聞こえて来た恭弥の声。雨の中、傘をさしてあげてこんな態度を取られるとは思ってもいなかった。

「勝手なことしないで」
「あっ、こら待てよ!」

恭弥が傘から出て行く。それなりに粒の大きい雨粒は恭弥の肩をすぐに濡らし、ディーノは恭弥を追いかける様にまた恭弥を傘に入れた。するとまた恭弥は傘を出ていく。
入れて、出てって、入れて。そんなことを繰り返すうちに恭弥はかなり濡れてしまっていた。

「なんで構うの」

ディーノのを見上げる様にじっと見つめ、恭弥が言った。

なんて答える?

とっさにディーノの脳裏に浮かんだ疑問は、どうでもいい様なものだった。理由なんてなんでもいい。
それなのにディーノはその問いにすぐに返せなかった。

生徒だから?

目の前にいるから?

女の子だから?

どれも違う気がした。




「好き、だからかな」

恭弥をからかうつもりでそう言った。本当はこれっぽっちもそんなことは思っていない。これで少しは意識すればいいと思って感情を込めたフリをした笑顔で。
それでもやっぱり恭弥は普通の女の子とは違っていた。告白をされたのに表情一つ変えず、赤く照れることもなかった。

「あなたは嘘つきだね」

そう言って離れていく恭弥に、無理やり傘を持たせると恭弥は仕方なくといった素振りでそれを受け取った。
すぐに屋上を後にした恭弥の背中を見送ると、何故だかディーノはその場を動けなくなった。


嘘が見破られるとは思ってもなかったが、なにか別の大きなショックにその場を動けなくなった。


(まさか、フラれる、なんて)

始めて自分の容姿に、演技に自信をなくした。


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