20.乙女とハイエナ

関係を持ってしまったことに後悔するのに、時間はそう掛からなかった。好きと伝えれば底無しの沼の様に抜け出せなくなり、恭弥のことばかり考える様になった。
離れれば会いたくて、会えないほどに声が聞きたくなって、時間が経てば経つほど気持ちを伝えたくて堪らなくなった。忘れられていないか、まだ好きでいてくれているのかが不安で仕方がなかった。それほどまでに好きになってた。

だからこそ、
終わりにしなければいけないと、気付かされたのだ。恭弥は同名ファミリーの人間で、俺達の関係は教師と生徒。恋愛に発展していい関係ではなかった。
自分でも恋愛に発展すれば面倒になると分かっていたのに、自分でそれを破ったのだ。

不安や心配に愛しさが付きまとうのは、今後圧倒的に不利になる。
ましてや恭弥はまだマフィアのマの字も知らない様な学生で、恭弥の思っている以上にこの世界は醜い。汚ない手段で仕事やファミリーを守り、自分を守る。そうやって大人になった醜い人間ばかりいる世界なのだ。

そして俺もその醜い人間の1人で、醜いマフィアの1人であり、ファミリーを持つボスなのだ。


「…ごめん、」

手を出しておいて捨てるの、その恭弥の問いにディーノが返した言葉は謝罪の言葉だった。そしてそれは1つの誤りに対する物ではなく、全てに対してのものだった。
好きになってしまったこと、自分勝手なことをしてしまったこと、不安にさせたこと、そして女の子である恭弥の口からそんな言葉を言わせてしまったこと。
仮にも初めての相手に選んでくれた恋人に言わせる言葉ではなかった。しかも恭弥は未成年で、同意の上でも関係を持てば罰せられる相手だ。

「初めてだから、良くなかったの」

恭弥の震える声に、ディーノはその姿を視界に入れることが出来なくなった。

(そうじゃない、そうじゃないんだ)

言いたいのにそれが言えない。関係を終わらせることを妨げるその言葉が言えない。言ってしまえば理由を尋ねれると分かっているディーノは、このまま嫌われて終わってしまうことを切に願っていた。

互いに合わせることの出来ない視界。静かな室内に呼吸の音が響くほど大きく感じる。

「…っ、」

恭弥の嗚咽に、何かが壊れる音がした。それは二人の関係が終わる音なのかもしれない。

最後の時が来たのだ。我が儘で振り回して好きになって、勝手な理由で終わらせ様としている関係の終わりが。
卑怯だと罵られてもいい、最低だと嫌われてもいい、巻き込んだのは自分だから…だからどんな終わりが来てもいい様に、ディーノの覚悟はとっくに出来ていた。

「ごめんなさいっ…」

そう覚悟したのに、恭弥が口にした言葉はディーノと同じ謝罪の言葉だった。
ごめんなさい、僕なんかがあなたを好きになって、恭弥は続けて言う。嗚咽まじりのそれは小さな叫びの様で、ディーノの胸を締め付ける。
なんで嫌いになってくれないんだろう、なんでこんな俺にそんなことを思うんだろう。浮かぶのは疑問ばかり。

「自分勝手な餓鬼でごめんなさい、好きになって、ごめんっ…なさい」

最後は言葉にするのも精一杯だった。それはディーノにも伝わっていて、

「違う恭弥! そうじゃない、そうじゃないんだ」

言わないと決めたそれを言わない訳にはいかなかった。何故なら、これ以上苦しんでいく姿を見れないと思ったからだ。
苦しめたくて謝ったんじゃない。解放してあげたかったのだ。自分から、汚ない醜い存在から。

「…俺は手を出す権利も資格もなかったんだよ」

ディーノは静かに話始めた。強制的に断ち切って終わらせる予定だった関係は、恭弥相手にそんな簡単に終わらせることは出来なかったのだ。ディーノはそれに今更気が付き、これ以上恭弥を苦しめたくなくて全てを話すことにしたのだ。

「俺はマフィアだからさ、お前が思ってるほど正しいことばかりをしてきた人間じゃない。偉そうに先生面してきたけど、生徒にも手を出すくらい卑怯で、自分勝手な理由で終わらせようとするくらい狡くて醜い大人なんだよ。
恭弥はまだ若いから、これからもっと色々な人に出会って、それから決めるべきなんだ。俺なんかといるべきじゃないんだよ」

だから、手を出してごめんな。ディーノは出来る限りの笑顔で言った。けれどその表情はディーノが思っているほど明るいものではなくて、涙に濡れた恭弥の顔を見れば崩れてしまいそうになるくらい、無理矢理の笑顔だった。
目を閉じて、ごめん、と口角を吊り上げて笑う表情は震えていた。

(哀しませた顔が見れない程に、愛しいけれど

未来まで欲しいなんて言えないから)

「――…にしよう、」

終わり、その三文字はどうしても言えなかった。カチカチと歯を震わせ、音を立てる口元からは言えなかった。

「…あなたは何を言ってるの」

発せられた恭弥の声は鋭く尖ったものだった。恭弥は哀しみよりも、勝手に、勝手な理由で終わらせらそうになっていることに苛立ち始めていたのだ。

「勝手に決めたりしないで。僕が誰を選ぶかなんて、あなたが決めることじゃない。
あなたが僕がどんな人間だと思ってるの? あなたと何も変わらない、同じ人間だよ」

今までディーノに、素直に気持ちを伝えたことはなかった。こんなに感情を口にしたこともない。いつだって恥ずかしくて、餓鬼だと呆れられないか心配だったからだ。
しかしその原因が招いた結果がこれだと言うのならば、恭弥は気持ちを伝えずにはいられなかった。こんな終わりは望んでいない。

「僕はあなたと同じ人間で、同じ様に醜い。どうしてあなたを好きになままじゃいけないの? どうしてこのままじゃいけないの?」
「…恭弥、終わりにしよう」

こんなに感情を露にしてぶつかってくる恭弥は始めてだった。素直に言えば嬉しい。ぶつかって来てくれたことも、そう思ってくれることも。
それでも応えることは出来ない。だからまたディーノは突き放した。俯いて、受け入れたいのを堪えて我慢する。

「どうして勝手に決めるのっ!」

大きな音がした。それはソファーの前のサイドテーブルが立てた音だ。恭弥のディーノに比べたら小さな手の、小さな拳が打ち付けられた音だ。

「……」

驚きの連続で、ディーノは選ぶべき言葉が見つからない。こんな恭弥は見たことがない。
恭弥は返された沈黙の中、立ち上がり窓際のディーノに近付いた。窓縁に寄りかかったまま俯くディーノに歩み寄る。

「先生なら、教えてよ。どうして僕の未来にあなたはいないの。あなたに会えないと、胸が苦しいよ」

また声が震えた。どうしても離したくない。恭弥はディーノを失いたくなかった。怒りに惑わされた哀しみが振り返し、視界が歪む。

「恭弥、駄目だ」
「駄目って、どうして」
「…分かれよ」
「分かんない。あなたがいないと、ここが痛くて、苦しいよ…っ」

恭弥はディーノ手を取って、胸に押し当てた。

(あなたがいないとここが締め付けられて、きゅうっとなって苦しくて、堪らなく会いたくなる。それなのにあなたはいなかった。
やっと、やっと会えたのにどうしてこんなことになるの、どうしてこんなことになったの)

触れた手は懐かしい温もりを持っていた。
布越しの柔らかみと速すぎる鼓動。自分の手を掴む小さな両の手に視線が向いて、そのまま上に向ければ、

「…後悔して欲しくないんだ」

今にも溢れそうな程に涙を溜めた恭弥と目が合う。同じ様にディーノの涙腺も限界まで来ていた。

「後悔するかしないは僕が決めることだよ、するかしないかだったら、あなたといて後悔する方がいい」

だから、お願い、一緒にいて。



言い終わる前に恭弥はディーノの首にすがりついた。
降参だと言わんばかりに、ディーノも抱き着いてきた小さな身体を抱き締めた。こんなにも自分を想ってくれた人を、込み上げる愛しさのままに掻き抱いた。




乙女はある日、蜂蜜色と言わんばかりの金色を持つ者に出逢った。

眩しい程に明るい色を持つ青年は、乙女よりも遥かに強さを持っていた。貪欲に強さを求めた乙女にとって、弱肉強食の世界の彼は気高き獣の様だった。

まるで百獣の王。比べればみすぼらしい乙女は、自らをハイエナと称した。

次第に惹かれ会う二人の恋はやがて想いを遂げて、束の間の幸福をもたらした。しかし幸せは長くは続かず、恋の終わりは直ぐに訪れる。


連絡が途絶え、久しく再会した気高き彼は自らを醜いと罵り、乙女に釣り合わないと言ったのだ。彼が気高き獣だと思っていたのは乙女の幻想であり、事実とは異なっていたのだ。
しかし乙女は彼を嫌悪することなく、ただ想うままに彼を求めた。

自らをハイエナと称した乙女が恋に落ちたのは、気高き姿で身を隠すハイエナだったのだ。

乙女とハイエナ
(あなたと僕は同じ)


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