19.間もなく終点です
リボーンに指示されるままに恭弥が連れてこられたのは、ボンゴレのアジトではなくキャバッローネの方だった。
大きな鉄の門の前で空港から乗ってきた車を降ろされ、リボーンが駆け寄って来た何人かと言葉を交わす。行き先も告げられぬまま、連れてこれた恭弥はここがどこなのか分からない。異国の言葉では、何を話しているのかも分からなかった。
しかし1人の見知ったスーツの男が現れ、恭弥はここが何処なのか知ることになる。リボーンに言われて屋敷に戻ったスーツの男は、ディーノの側でよく見たことのあるロマーリオだったのだ。
しばらくしてリボーンと恭弥の二人は広い客間に通された。
リボーンに促され、豪華過ぎるソファーに恭弥はゆっくりと腰を下ろす。
(やわらかい、)
恭弥がそう思った時だった。扉を開ける音と共に、懐かしい色が恭弥の視界に入った。
ふわふわと跳ね、きらきらと光金色。ディーノだ。
「…久しぶり」
恭弥と目が合うと、ディーノは気まずさを隠してそう言った。しかし気まずいのは恭弥も同じで、うん、と返す以外なにも言えない。
会いたくて、会いたくて、やっと会えたのに。込み上げる感情や、言いたいことや聞きたいことは沢山あるのに。それでも言葉は何一つ喉から先に出て行こうとしなかった。
恭弥は言うのも、聞くのも怖かったのだ。あれからのことも、今の気持ちも全て。
しかしそんな二人と違いリボーンはいつも通りだった。調子はどうだ? とディーノに尋ね、返事が気に入らなければ銃を向けたり発砲してみたり。いつも通りだった。
しかし恭弥とディーノは久しぶり過ぎて互いにいつも通りがわからなくなっていた。目を合わせるのも、会話を交わすのも気まずくて仕方がない。そんな二人にとっくに気が付いていたリボーンは、突然ロマーリオに声を掛けた。
するとあっという間に自分の用でロマーリオを部屋から連れ出し、部屋にはディーノと恭弥の二人っきりになってしまう。
「…学校、どうだ?」
二人きりの部屋の重い空気、沈黙に耐えきれずディーノは問い掛けた。ディーノは恭弥の向かいには座らず、開け放たれた窓辺にいた。
恭弥はそんなディーノを遠目に見つめ、
「別に」
と返した。それは恭弥の本心で、実際に学校生活は面白くも楽しくもなかった。風紀委員を発足せず、ディーノとの修行もない毎日は退屈で酷くつまらないのだ。
「そっか。風紀はまたやってんのか?」
「やってないよ」
広い部屋に離れた場所の二人。会話は簡単な質問と簡単な返答。何回か続けば会話を交わしているのに、先ほどと同じ様な重い空気が訪れる。
「あなたは、」
「うん?」
「あなたはどうだったの」
(忙しくて連絡出来てなかったな、ごめん)
そんな返事を予想して、恭弥はディーノの反応を待った。
ディーノは恭弥が自分に質問してきたことに驚いていた。興味なんてないと思っていたのだ。確かに離れる前は気持ちを伝えて、関係を持った。
それでも会わなくなってからは連絡すらしていない。もちろんしなかったのはわざとで、出来ないほど忙しかった訳でもない。
「ちょっと忙しかったかな」
それでもディーノは嘘をついた。本当はこの関係を終わらせようとして、連絡を断ちったのだ。それでもまだ未練があるのか、はっきりそれを伝えることは出来なかった。
「…そう」
期待した答えとは違っていたが、的を大きく外れてはいない答えに恭弥は安堵した。嫌われてはないみたい、恭弥は心で呟いた。
「今日は平気なの?」
「せっかく来てくれたんだからな、少しぐらいは平気だぜ」
そう言うとディーノは今日初めて恭弥と目を合わせ、笑った。ただ、その笑顔は少し冷たかった。
ディーノは恭弥の期待を裏切る返事はしなかったが、同時に期待通りの返事をすることもなかった。聞きたい感情を話てくれることもなく、ほのめかす質問をしてもディーノは漏らさない。
(会いたかったとか、ないの?)
少しの偽りを帯びた笑顔。その笑顔は出会った頃にディーノがよくしていたもので、恭弥は悲しくなった。
もしかしたらもう終わっているのかもしれない。
なにも、かも。
想いを寄せてるのはとっくに自分だけで、会いたいとか、声を聞きたいとか、
そんなことを思っているのは自分だけなのかもしれない。
すき、なのに。
好きだから、こうしてイタリアまで来たのに。
俯いて、恭弥は揃えた膝に降ろした拳をぎゅっと握った。
「手を出しておいて、捨てるの」
壊れてしまうかもしれない、そう思っていても聞かずにはいられなかった。
想いはまだ想い出にはなってないから、あなたを忘れてはいないから。
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