13.ウサギとキス

初めは怪我の経過を理由にメールをした。恭弥はそれ以外の内容に触れることがなかった。けれども何回かやり取りを交わすうちに、それにも返してくれる様になった。
返信も素っ気ない一言のものから少しずつ量を増し、今では言葉を交わすよりメールの方が長く続く様になった。顔が見えないからか、恭弥は素直に言葉を返し、あまりにも自然なやり取りに笑みが漏れた。
絵文字も顔文字も使用されていないメールであったが、文面には可愛らしさがある。これをいつもの様に表情ひとつ変えずに打っているのかと思うと、また笑みが漏れた。

恭弥は可愛い。

女の子らしく振る舞うことも、異性として扱いを受けることも嫌っている。そんな様子が逆に可愛かった。

きっと、俺はもう随分と前から少しずつ恭弥を好きになり始めてたんだ。


「会いてぇ」

ようやく仕事が一段落つき、ディーノの口からそんな言葉が漏れた。
日本を離れて随分と長い時間が経っていた。恭弥が怪我をして、しばらく相手はしない方がいいと思ったディーノはイタリアに戻った。イタリアに戻ると度々日本へ行くにつれ、後回しになった仕事が結構な量になっていた。
その仕事を片付けてる間についでに、とあれこれ手を出していたらあっという間に数ヶ月が過ぎようとしていた。メールを交わしていても、恭弥には長いこと会っていなかった。

「恭弥にか?」
「…他に誰がいんだよ」

ディーノの側に立つロマーリオが聞いた。恭弥以外の対象はいないとでも言うように答えたディーノだったが、ロマーリオはその反応に少し驚いていた。
ディーノは今までに固定の異性に、自分から執着を見せたことがないのだ。ボスという存在のディーノには、寄ってくる異性が大勢いる。純粋に恋情を寄せてくるものや、その地位と財力に惹かれるもの。
綺麗に着飾った女性ばかりが集まったが、ディーノが誰かを選ぶことはなかった。笑顔の裏にいつだって面倒や品定めするかの感情を秘め、ロマーリオにはそれが分かっていた。
そんなディーノが誰かに興味を持ち、会いたいとまで口にする。恭弥という意外過ぎる存在にロマーリオも驚いていた。

「好きなのか?」
「なっ…!」

ロマーリオの問いにディーノははっきりと言葉を返さなかったが、その慌て様は好きと言ったも同然だった。

「会いに行ったらどうだ?」
「…予定は」
「空いてなくはない」

スケジュールを確認しながら返すロマーリオに、ディーノは直ぐに椅子から立ち上がった。ロマーリオに空港券の指示を出し部屋を飛び出した。



「なにか用?」
「ボスの部屋はいつものとこだ」

恭弥はディーノのメールに呼び出され、ディーノと部下の泊まるホテルに来ていた。用事はメールにも書いてなく、本人以外に尋ねても分からないままだった。
言われるがままに数回しか来たことがない、ディーノの決まった部屋を目指す。広いフロア、それも決して安くはないフロアをほぼ貸し切るディーノに驚かされるのは、これが始めてではなかった。
何度訪れても高級な雰囲気に少し緊張してしまう。呼び出された内容が分からないことにも緊張しながら、恭弥はディーノの部屋のドアをノックする。
しばらくして開くドア、久しぶりに会うディーノは凄く眩しくて、理由の分からない何かが恭弥の胸を締め付けた。

案内されるがままに中に入り、ディーノは恭弥を長いソファーに座らせた。少し間を開けて隣にディーノも座る。

「怪我、平気か?」

痛いくらいの沈黙の中、ディーノが聞いた。今までもこうして沈黙の時もあったが、今日はいつもとは何かが違っていた。

「うん」
「そっか」

会話が続かない。互いにそれを感じていた。

「恭弥、あのさ」

珍しく自信無さげに呟かれる言葉に、恭弥はディーノに視線を向けた。
なに、と返すことは出来なかった。真剣な眼差しで見つめるディーノがいて、恭弥はその視線になにも言えなくなってしまったのだ。

「好きだ」

何の話をされているのか一瞬分からなかった。それでも恭弥の中ではその答えはなんとなく決まっていて、それは自分自身を納得させるものでもあった。

(これが、)

「多分、僕も」

はっきりとは言えなくて、それが精一杯だった。恭弥の言葉に、目の前にいる人物が幻に思え、ディーノはおそるおそる手を伸ばした。
確かにそこには恭弥がいて、触れた頬は柔らかくて。

「キスしてもいいか、」

ディーノの言葉に一瞬恭弥の視線が揺らいだ。恭弥は早すぎる流れに戸惑ったのだ。好きと自覚したのは今、いきなり過ぎた。

「…あなたが煙草を止めたら」

嫌ではなかったが素直に受け入れる勇気はなくて、そんな理由が恭弥の口から出た。これで今すぐは出来ないはずだ。
近すぎるディーノに今すぐされない様に、ディーノの口を片手でふさいでやった。

「そんなのとっくにやめた」

ディーノは恭弥の嫌がる理由に笑みが漏れ、優しく笑うと手をどかして口付けた。

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