10.喉の奥で弾けて消えた

前に比べたらあの人との関係はよくなったと思う。周りから見れば変化なんてないのかも知れないけれど、あの人の態度は少し変わったと思う。
初めて出会った時のあの人は笑顔なのにいつも目は笑っていなくて、いつも心のどこかで僕を馬鹿にした様な目をしていた。きっと僕のことを可愛くもない我が儘な餓鬼だと思っていたんだ。
そう思われる様な態度しか取れない僕にも原因はあった。それでもあの人は今と変わらず優しかった。

そう、あの人は優しいんだ。こんな僕に対してもちゃんと女の子として扱ってくれる上に、心配もしてくれる。家庭教師だからと言われてしまえばそれまでだけど、あの人は誰よりも僕に優しかった。
そうじゃなければ、リング戦が終わった今も家庭教師を続けてはいないと思う。たまに忘れそうになってしまうけど、あの人はマフィアでそれもボスなんだ。

たまにあんな優しいボスでいいのだろうか、とは思う。


「委員長」
「あ、うん」

応接室、机に置かれた恭弥の携帯が着信を知らせる振動が音を立てた。書類から目を離さない恭弥に、草壁が着信を知らせた。恭弥はそれに答えると携帯を手に取り開いた。
相手は思っていた通りディーノだった。ディーノはリング戦の時に比べて日本に来ることが減った。本当はしょっちゅう日本に来るほど、暇はないのだ。家庭教師はリボーンに頼まれたこともあり、仕事の一つとして長期間日本にいることが出来たのだ。

あまり日本に来れなくなったディーノは恭弥の携帯に無理矢理アドレスを残し、来れない間はこうしてメールを送っていた。

「…返さないんですか」
「くだらない内容だからね」

開いた携帯をすぐに閉じた恭弥に草壁が言った。ディーノのメールの大半、ほとんどが必要のない内容だった。恭弥にとってディーノのメールで必要なものは、次はいつ来るのか、それだけだった。
しかしディーノのまめなメールに恭弥が毎回返事を返すはずもなく、大抵は無視だ。前にディーノは恭弥がメールを返さないことを指摘したが、恭弥がくだらない内容に返す気はないと言えば、それで会話は終わってしまった。ディーノはショックを受けた様子だった。恭弥は気にもしていなかった。

ディーノに返事を返さない大きな理由は、何を書いたらいいのか分からないからだった。今までこうして誰かと頻繁にメールをしたことも、メールをするような関係に発展したこともない。
それも相手は異性で同性ではない。恭弥はますます何を返していいのか分からなかった。女の子の会話なら耳にしたことあるから、努力すれば何か返すことはできる。それでも今日シャンプー変えたの、とかそうゆう女の子同士らしいくだらない内容は打てそうになかった。
恭弥にはディーノがこうしてメールを送ってくる理由も分からないのだ。まだあれを続けているのだろうか。


あの人は出会ってすぐに好きだと言った。でもきっとあれは、僕をからかうつもりだっただけだ。僕が断れば何も言い返して来なかったあたり、簡単にハイと言わせる自信があったんだろう。
僕は簡単にあなたに惚れたりしないし、遊び、暇潰しの相手にはならない。あの時はそう強く思った。だからその日ホテルに連れて行かれたのは驚いた。服が濡れたのは確かにあの人のせいだったけど、僕は何かされないか内心心配してた。
何もなかった朝、僕はそれを恥じた訳だけど。

この間僕はまたあの人にホテルに連れて行かれた。僕があの人の車で寝てしまったのがいけないけれど、僕はこれまで誰か他人がいる場所で寝たことなんてなかった。
絶対に気が付くはずなのに気が付かなくて。その日も泊めてもらって、やっぱり何もなくて。


僕ってどれだけ魅力がないんだろうかとちょっと悲しくなった。なんでかは分からないけど、僕は中学生であの人の生徒で、あの人は先生で。手を出さないのは当たり前のことなのに。
それなのに思ってしまったんだ。



少しの期待と分からない感情が渦巻いて、それが理解出来ないのが悲しいのかもしれない。

それでも名前の分からないその感情を、先生という存在のあの人に聞くことは出来なかった。

[ 10/21 ]

[] []



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -