09.ココアと吸いがら

知らず知らずのうちに、僕はあの人に勝手なイメージを持っていたのかもしれない。勝手に理想のあの人を思い浮かべ、そこにあの人を当てはめていたのかもしれない。
そうじゃなければ、僕はあの人にこんなにも幻滅したりはしない。たかが煙草くらい、マフィアのボスと言う言葉には似合いそうなものなのに。
それなのに僕は幻滅したのだ。あの人がそれを吸ってることに。

あなたがイメージとは違ったことに。


「っくしゅ、」

副流煙の充満した部屋に耐えきれず外に出た恭弥だったが、外は恭弥が思っていた以上に寒かった。他のことを考えていても、くしゃみが出てしまうくらいだ。
それもそのはずで季節はもうすぐ冬へと移り変わる。制服しか身に付けていない恭弥には、身体を小さくくっつける以外に暖を取る術がなかった。
日はすっかり落ちて空はあの日見た空の様に真っ黒だった。それでも深夜ではないせいか、あの日ほどの静けさはない。
あの日もしも同じ状況に出会っていたら、きっと幻滅はしなかったはずだ。あの日までは、恭弥はディーノに対して特別興味を抱いてなかった。
今もそれほど興味がある訳ではないが、以前に比べたら気にはしてる程度だ。

「恭弥」

恭弥がそんなことを考えていると、ディーノがテラスへ続く扉から顔を出してきた。その顔は少し困った様子で、恭弥と目が合うとすぐにごめんと言った。
ディーノは恭弥が煙草が嫌いだとは知らなかったのだ。恭弥が幻滅したことをディーノが知るはずはなかったが、ディーノ自身自分に幻滅していた。
まさかこんな所で恭弥に嫌われるきっかけを作ってしまうとは、思ってもいなかったのだ。煙草なんてマフィアの中では吸っている人間の方が多く、ボスともなればこだわって葉巻やパイプを吸う者だっている。だからディーノは煙草というものに嫌な感情を持ったことはなく、今までこんなに嫌がられたこともなかった。
恭弥はテラスに出るだけではなく、窓を開け放ち換気をした。そのままテラスの椅子に座ったまま戻ってこない恭弥に驚いたのは言うまでもない。

ディーノは恭弥の行動に驚くことしか出来なかった。同時に嫌いと言われたことに少なからずショックを受けていた。ディーノに対してではなかったが、ディーノに向けられて発されたことには変わりないそれに傷付いた。
今までなら、そんなことを言われてもこんなに気にすることはなかった。女性の中にはそれ自体ではなく、臭いが移ることを嫌がる人も少なからずいるからだ。
マフィアの女と言えば綺麗に着飾り、少しキツいくらいの香水を匂わす者ばかりだ。ディーノは若いボスである故にそうゆう女性が集まりやすかった。

「中入らないのか?」

声を掛けても戻る様子のない恭弥にディーノが問えば、もう少しと小さく返された。

「寒くないか?」
「別に」

少し震えている様に見えたから聞いたディーノだったが、恭弥の態度は冷たい。寒そうに丸くなる恭弥に、その言葉をディーノは素直に受け入れられなかった。
ディーノは一度部屋に戻ると薄い毛布を手にし、またテラスに戻った。それを適度に折り畳み恭弥の肩に掛けてやる。するとやっぱり寒かったのか、恭弥はそれを素直に受け入れた。
頭以外をすっぽり被ったその姿はなんだか可愛らしく見えた。

ディーノはもう一度部屋に戻ると今度は、マグカップを2つ手にして戻ってくる。恭弥は再び戻って来たディーノに不思議に思った。
2つのマグカップからはほのかに甘い匂いと微かな湯気が立ち上っていた。

「寒いだろ。ココア飲めよ」

そう言ってディーノは恭弥の座る椅子の横にある揃いのテーブルにマグカップを2つ置いた。1つは恭弥の側に、もう1つは反対側に。
ディーノも椅子に座る。

「子供扱いしないで」
「してねぇよ。俺も同じ」

ディーノは恭弥にカップの中身を見せて言った。それは確かにディーノの言葉通り同じものだった。

「そう」

恭弥は自分の分に手を伸ばすとゆっくりと飲み始める。温かいココアは冷えきった身体を少しずつ暖めた。


(おいしい、)

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