imp

「なぁ、結婚してくれよ」
「やだ」

恭弥が悩む間もなく答えると「なんで駄目なんだよ」とディーノはムッとした様子で返した。

「なにが嫌なんだよ」

恭弥の反応を待たずにディーノがまた続けて言う。ディーノがムッとする理由は、プロポーズを断られたからだけではなかった。
そもそもこのプロポーズは今日が初めてではない。回数にすると、軽く二桁を越える。ディーノがこんなにも繰り返している理由は、恭弥が受け入れないからだった。恭弥はディーノが何度言っても、はいと言うことも無ければ頷くこともなかった。
数年恋人という関係を続けてきたディーノは、自分の年齢を考えるとそろそろ身を固めたい。恭弥にはその気があるように見えるというのに、プロポーズはいつも失敗に終わっていた。

「俺のこと本当に好きなの?」
「僕が好きじゃない人と、一緒にいられるような人間だと思うの?」
「思わねぇけど」

何度目か分からないプロポーズと同じ様に、このやり取りも何回目なのか分からない。ディーノは一回目の時も同じ質問をした。それは結婚する気がないのではなくて、惰性で自分に付き合ってくれてたんじゃないかと思ったからである。
けれどその時も恭弥の答えは一緒だった。恭弥が好きでもない人間と一緒に居られる訳がないことはディーノにもよく分かっている。それどころか知り合い程度じゃ、同じ部屋にいるのも嫌がることを知っている。
風紀の人間以外とまともに接触することはなく、その例外はディーノしかいない。たまにディーノの部下も例外に含まれるが、部屋の空気には僅かな緊張が走る。それこそが恭弥が心を許してない証拠であり、自分のテリトリーに入れられない人間がいるという合図だ。

「じゃあなんで断るんだよ」

うなだれるディーノに対し、恭弥は冷ややかな視線を送った。
一回目のプロポーズから考えると、ディーノの告白には緊張感がなくなった。何度も断れれば、そうなってしまうのも仕方ないのかもしれない。恭弥はそこに僅か不快感を持っていた。
一度目を断ったのは、一時の感情で言われたものじゃないかを確かめるためだった。
二度目を断ったのは、自分がディーノと同じ気持ちであるか分からなくて断った。好きなのは確かで、恋愛感情の意味を持っていることは自分でも分かっている。けど、それが結婚に繋がるかと言えばいまいちピンと来なかった。
三度目を断ったのは、ムードの無さに、だ。一度目はお洒落なレストランで。二度目はその名の通りのリベンジ。日常の中での突然の告白に、プロポーズというものがそれほど重要に感じられなかった。
そうやって恭弥が、なにかと理由を見つけては断っていると、気が付けば最初のものから半年も時間が経過していた。

今断っている理由は、ムードの無さ、だ。

ディーノは顔を合わせればプロポーズをし、断れば同じ質問ばかり繰り返す。事態を招いたのは自分だと言うのに、恭弥はこの状況に呆れつつもあった。ディーノの「結婚してくれ」はただの義務、日常の繰り返しに聞こえてならない。

「なぁ、なんで」
「どうしてなのか、自分の胸に聞いてみたら」

いつもなら、さぁ、の一言しか返さない恭弥だったが、半年も続いた行為に呆れてヒントを出した。
半年の間、恭弥は断り続けただけではなかった。ちゃんとディーノが言う、結婚というものについて考えてみた。自分の好き、は将来どうしたい好きなのかを。

もしもこの人と結婚したらどうなるんだろうか。どんな感じで暮らすのだろうか。子供はいるのだろうか。子供が生まれたらどんな学校に行かせるんだろうか。やっぱり子供もマフィアになってしまうんだろうか。
ディーノはマフィアのボスだから、ボスの妻になるのはどんな感じなのかも考えた。"妻"という言葉が少し痒い。

「恭弥が俺を好きじゃない、って理由以外思い浮かばない」
「あなたの脳みそはなんのためにあるの? もっと働かせなよ」
「俺だって考えだんだぜ? でももう他に思い当たらない。恋人は良いのに、結婚は駄目だってなんでなんだよ。それ以上には発展したくないってことだろ」

テーブルを挟んだ向かいに座るディーノは、重いため息をもらして頭をかいた。分からない自分にむしゃくしゃしてだった。

「僕はあなたに言われて初めて結婚のことを考えたよ」
「それで、」
「それで半年かけて答えを出した」

ぴくり、ディーノが反応する。

「別にあなたが嫌いだから、あなたと一緒に居たくないから断ってる訳じゃないよ」
「…じゃあなんで?」

恭弥ははっきりした事を言わない。でもそれはわざとだった。やっぱりディーノから言って欲しいし、自分はそれに答えたいと思っているのだ。

「あなたのロマンチストな所には少し呆れてた」
「うっ、」

ディーノは記念日やイベントに参加したがる上に、何かと雰囲気を大事にする癖があり、ロマンチストだった。最近の例で言うならば最初のプロポーズの日である。
恭弥はあの日、まず普段着ないような派手すぎない控えめのお洒落に、慣れない高めのヒールを履いた。ディーノのエスコートのままに、デートというものをして、それからレストランで食事をした。
食事を終えて、お酒を楽しんでしばらくして。それからのプロポーズだった。
恭弥はその徹底された雰囲気作りに、なにか特別な日であることは理解していた。ただその日の朝からずっと考えていたが、それが何か分からない。記念日か何かかと思ったけれど、それも違う。なにか特別なことがあった訳でもない。

「でもあなたが毎回そんなことをするから、当たり前になってたことも気が付かなかった」
「じゃあ、」
「なんでって言うのはもうやめてよ」

じっと恭弥の目がディーノを見つめる。

「僕は自分から言いたくないし、出来ればあなたに応えたい。大事な決断だから、出来ればいい思い出にしたいよ」

ディーノは恭弥が曖昧に濁すせいで分からない。でも恭弥がプロポーズを受け入れる気があることだけは、なんとなく分かる。でもだからこそ分からない。分からないのだ。

「こんなのはあなたらしくない。適当なのは嫌」

適当という言葉でディーノはハッとした。らしくないというのは、いつもに比べて。いつもというのは何を指すのか。それは勿論日常ではなくて、特別な日の特別な過ごし方について。そうと分かれば適当なのはなにか分かる。もはや全てに当てはまるとも言える状況だった。

「それって、恭弥」
「分かったならちゃんとやり直してよね?」

そう言って少しだけ笑うと、恭弥は部屋を後にした。


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imp:小悪魔


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