秘め事 *♀

「社長おはようございます」
「あぁ、おはよう」

いつものように会社に出勤したディーノは、自室に向かうまでに何度もその言葉を掛けられる。ディーノが多くの社員に挨拶されるのは、その台詞通り社長という存在だからだ。
社長でなければ挨拶しない者もいるだろう。社長だからこそ、挨拶しておこうと考えている者も多いだろう。しかし皆そんな考えは笑顔の下に押しとどめ、何食わぬ顔で朝の挨拶を口にする。
それはディーノも同じだった。

「おはようございます」

そして社長室でディーノを出迎えた恭弥も同じだった。
社長室に自由に出入りができ、ディーノよりも早く出社してくる恭弥は彼の秘書だ。恭弥は有能な秘書で、ここへは引き抜かれてやってきた。

恭弥は前の会社でも同じ様に秘書をしていた。給料にも能力にも問題なかったが、人間関係はあまりいいものではなかった。
恭弥は能力が高すぎる故に、雇い主にとっては持て余すことが多々あったのだ。そして恭弥は職務に性別を持ち出されるのが嫌いだった。
仕事には不満はないが、もっと女性らしく…そう言われるのは少なくなかった。
恭弥がディーノのを選んだのはそこが理由だ。業界でも人当たりの良さで有名であり、実際恭弥にとってディーノは嫌な印象を与えることはなかった。
パーティでそれとなく誘われ、次の日には前の会社に辞職を告げていた。引き継ぎも経て恭弥がこの会社にやってきたのは、数ヶ月前のことだ。

「恭弥」

部屋のドアが閉まり、室内が二人になるとディーノは恭弥の名前を呼んだ。その声は会社で出す部下を呼び出すものではなく、甘さの含んだ恋人に使うそれである。
ディーノはこの数ヶ月で恭弥を口説き落としたのだ。社員の前で、仕事中の時の二人は誰が見ても社長とその秘書。けれどこうして二人になればディーノは態度を変え、声音までも変え、愛しさを含めて名前を口にする。
そんなディーノに応える様に、恭弥も柔らかい笑みを向ける。

「なに?」
「朝の挨拶」

ディーノは恭弥の頬に触れると、唇に自分のそれを重ねた。触れるだけの挨拶はいつもディーノがしたがるものだが、恭弥は未だにそれに慣れなかった。
そもそもこの習慣は海外では当たり前かもしれないが、日本ではあまりない。というより滅多にいないだろう。
日本では海外ほど愛を表現するのにスキンシップを必要としない。それに言葉も付き合う時は多くても、結婚すれば激減するのが大抵だ。
キスをするのもまだ恥ずかしさの残る恭弥にとって、挨拶と言われても慣れない朝の習慣だ。

「恭弥はまだこれ慣れないよな」

鼻がくっつきそうな距離のままディーノが言った。照れる恭弥は近すぎる距離に更に頬を熱くさせる。

「多分ずっと、慣れない」

答えて、今度は恭弥から。


(慣れなくても、嫌いな行為ではない)


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社長×秘書パロ

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