08:autumn

夏休みが終わり季節は秋へと移り変わった。葉は緑から赤みを帯びた色に変わり、銀杏の葉は地面を黄色で埋め尽くすしてしまうのではないかと思うほどに散っていた。
結局夏休みを通してもディーノの進路ははっきりとは決まらなく、流石のディーノも多少の焦りを感じていた。いつまでも知らないふりをしてはいられない時期となってきたのだ。
書類が関係している以上いつまでも決めない訳にはいかない。新学期になって登校日に学校へ行って、そして残された猶予は一週間くらいだった。それまでに決めないと担任と個人面接だとHRで告げられる。

「はぁ」

思考回路の中に一つ大きな石があって、それが帰路を歩くディーノの足を遅くさせた。意味もなく遠回りをしてみたり落ち葉が散る様を見たり、秋の雲の様子をただ眺めたり。真っ直ぐ帰れば大した距離ではないはずなのに、帰宅したのは随分と時間が立ってからだった。
家にはまだ誰もなくてとりあえず自室に籠もって鞄を適当にほっぽって制服に着替えた。何も考えたくなくてその後はそのままベッドに倒れ込んだ。そうしたらいつの間にか寝てしまっていて、そんなことをしている間に恭弥の身に何が起きているかなんて勿論ディーノは考えていなかった。


その頃恭弥は職員室に呼び出されて書類を取りに行っていた。それは風紀委員の仕事の一つで新学期の風紀委員のことと他の委員会に関するものだった。学期も変わったことなので一回委員会の会議をしろというものだった。
さっさと書類を受け取って職員室を出ようとすれば名字を呼ばれる。早く帰りたかったが珍しい名字はこの学校に自分ともう一人以外いないことを恭弥は知っていた。ここにディーノがいればそれは別であるが、黄色を持った目立った人間は何処にもいなかった。

「・・・はい、」

聞いたことのない教員の声だったこともあり恭弥は小さく返事を返して振り返った。もしも相手に聞こえていないならばこのまま帰るつもりだった。しかしそれはしっかり聞こえていたらしく、一人の教員が近寄ってくる。
恭弥はその教員を知っていた。この学校は職員室が中高で一つしかないので、その人物のことは何度も見たことがあった。しかしその姿を見て恭弥は疑問に思ったのだった。
その教員は自分の記憶が正しければ高校の授業を担当しているもので、中学の授業は一つも受け持っていないものだった。またその教員の担当する委員会にも部活にも恭弥は所属していない。そんな人物が自分に声を掛けてくる意味が分からなかった。

「雲雀恭弥くんだよね?」

知ってて声を掛けたんじゃないのか、恭弥はその質問にまずそう思ってしまった。その質問に首を縦に振るだけで反応をすると安堵したように息を漏らされる。

「お兄さんのことなんだけど―・・・」

次に発せられた言葉は予想もしていないことだった。それから恭弥はここじゃなんだから、とその教員と共に空き教室へと移動した。
話の内容は本当にディーノのことしかなかった。その教員はディーノの担任だということを知り、そして家でのディーノのことをいくつか聞かれた。他人に本人のいない前であれこれ言うのは好きではないので、恭弥は当たり障りのないことだけを答えた。
すると次は何か悩んではいないか、とこれまた予想していなかったことを言われた。ディーノが悩んでいる姿など見たことなく、それどころか今までにディーノが誰にも何も言わずに悩んでいることなんてなかった。もしかしたら自分だけが知らない悩みもあったかもしれない、そうも考えたがとりあえずは無いだろうと自分の中で結論がつく。
それをそのまま伝えると教員はなんとも言えないはっきりしない言葉を返すだけだった。一体何が聞きたいのか分からなくて恭弥も次に何て返したらいいのか分からなかった。

話はその後も続いて色々な話を聞いた。結局一時間ほど話をしたために応接室に戻ると遅かったことを他の委員に心配されてしまった。その日はそのまま解散にして恭弥も学校を後にした。
帰り道、教員に言われたことが思考を埋め尽くしていた。教員と話して初めて知ったことであったが、ディーノはまだ進路がはっきりしていないらしいのだ。恭弥はディーノはとっくに進路先を決めているものだと思っていた。だからあんなにも余裕そうにしていて尚かつ自分に勉強を教える暇もあるのだと。
所がそれは恭弥が一方的に思っていたことでしかなく、実際にはまだ何も決まっていないらしい。話を聞く限りではなにも、という訳では無いが候補は上がっているのにそっから先が白紙状態なのだそうだ。それを気にしているという内容だった。
どうやら詳しく説明しなくても家庭環境がちょっと複雑なのも何となく伝わっているようだ。それもそのはずだった。いくら兄弟と言っても恭弥は自分と血のつながりが本当にあるのかどうかを調べたことはなく、母から聞いただけなのだ。
ディーノはどこからどう見ても日本人ではなくて、イタリア人であった父の遺伝子が濃いのか髪の毛は日本人には絶対いない金色で目は薄い橙だ。すらりと高い骨格はやっぱりどこか日本人と違って、兄弟というのはいつも言わないと信じて貰えなかった。

でもそんな血のつながりが本当にあるのかどうかなんて恭弥には関係なかった。自分は今ディーノと兄弟であることに不満は感じていないし、一緒に暮らすのが嫌だという不満はない。少し子供扱いが過ぎることがあるのがあれだが、ディーノはいい兄だ。
だからこそそんな兄が何かしらの問題を抱えていたことを知らなかったという事実に驚いた。自分がディーノに隠し事が内容にディーノもなにも隠していないのかと思っていたがそうじゃなかった様だ。
とりあえず決めさせてくれ、最後にはそう頼まれてしまい恭弥はディーノに進路の決断をさせなくてはならなくなってしまった。けれど無理強いなんて勿論したくないので帰ったらどうやって話を切り出そうか、そればかり考えていた。

「恭弥さんお帰りなさい」
「うん」

雲雀の敷地に入る時は必ず誰かが声を掛けてくる。恭弥はそれが酷く嫌いだった。ここにいる人間は自分の認めた相手とそうではない相手への態度の温度差が激しいからだ。例えディーノが一緒にいたとしても恭弥にしか声を掛けてこない者、明らかにディーノには声音を変えて声を掛ける者。あからさまな差別にいつもいらいらした。
まだ幼かった頃にディーノに手を引かれて此処を通る時は、ディーノが一瞬見せる悲しそうな顔がいつも気になっていた。大嫌いなそこを足早に去って自宅に向かう。
玄関を開ければ見慣れた靴が一つ。どうやらディーノはもう帰ってきているらしい。自室に向かって荷物を置いて着替えた。それから向かいにあるディーノの部屋に行った。

「ディーノ?」

ドアをノックしたのに反応がなくて名前を呼んだ。それでも中からの反応は無かった。何度か繰り返してもそれは変わらなかった。けれど黙って入るのは嫌で一応「入るからね」と言ってから中に入った。
入るとすぐにベッドに横たわる姿と寝息が聞こえて寝ていると気が付く。

「ねぇ」

寝ているのは分かっていたのに近づいて揺する。恭弥の手がディーノの身体を揺するとむにゃむにゃと何かを言うディーノ。あまりにも幸せそうに寝ているその姿に起こしてしまうのは可哀想かもしれないと感じる。
気持ちよさそうに寝るディーノをベットに手を置くようにして座って、ジッと見ていると自分とは違った整った顔、長い睫毛が目に入る。ディーノは日本人とは違って目鼻立ちがはっきりしていた。それに比べて恭弥は自分の日本人らしいその顔があまり好きではなかった。
せめて顔だけでも似ていたら兄弟と気が付いて貰えるかもしれないのに、それすらも似ていないからいつもその事実は信じて貰えないのだ。敷地の中でもそれを未だに信じてない者も僅かにいるのだ。ディーノは母が引き取った知人の子だとか、知人の愛人から押しつけれた子供だとか。

思えば昔からこの敷地内で生活していくのはディーノにとって辛いことだったのかもしれない。この敷地内には考えの古い大人が多く、多くの者が同じ職業へ進む。決められた道を当然かの様に進んでいく。
そんな所も恭弥の気に入らないことの一つだった。いつまでも自分しか見ようとしないここではディーノがどれほど辛い思いをしていたかなんて考えたことなかった。二人でいれば当然のようにいない存在となるディーノ、存在を認められても何でいるのよとでも言うかの様な言い回し。
考えれば考えるほどに色々な気になることが此処には沢山あった。早くここから出ることがディーノにとって一番いいことだと考えられるのに、ディーノはそれをしようとはしない。また出て行くとも口にしない。そこで恭弥は気が付いてしまったのだ。
ディーノがそれをしようとしない理由に。

きっとその原因は自分自身なのだと。

ディーノは優しい人だから、
誰よりもいつも恭弥を優先してばかりで自分はその後、二の次と考えていた。冷たい大人の差別的な態度にもいつも気遣うのは恭弥のことばかりだった。
何か言われて辛いのはディーノに決まっているのに、必ず自分がごめんと謝るのだ。あんな大人なんて気にしなくていいから、と。言われているのは自分のことであって、それに対して怒りを露わにした恭弥を止めるのはいつもディーノだった。

恭弥は今まで気が付かなかったのだ。自分が幼すぎる故にそれらのことに。
自分はいつまでも子供だったのだ。ちゃんとディーノのことも考えてあげられてると思っていた。もう子供ではないと思っていた。だから子供扱いなんてして欲しくなかった。それが当然だと思っていた。
けれどそれは間違いだった。恭弥の思っていることは間違いだらけだった。気が付くのが遅すぎたとしか言いようのない事実。

気が付けばディーノのベッドの傍に座った自分の足にぽたぽたと落ちる雫によって染みが出来ていた。ディーノを起こさないように声を堪えていた。

「・・・きょう、や?」

それなのに少し寝ぼけた声ですぐそばから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。顔は上げられる筈がなくて呼吸が止まる。

「どうした?」

すぐに顔を上げないことからディーノはすぐ異変に気が付いた。座り込む恭弥の太股の染みに目がいった。状況からすぐ恭弥が泣いていることに気が付いた。

「なんかあった? 大丈夫か?」

どうかしたのか、なにも予想が付かなくてディーノはすぐベッドから降りて恭弥の横に座り直す。背中をさすれば嗚咽が聞こえてきて小さく自分の名前を呼ぶ声が聞こえたから抱き寄せた。

「ごめん、なさいっ、でぃーのっ、ごめ、なさ」

恭弥の謝る理由はディーノには分からなくて、ただ泣きやんで欲しくてただ背をさすることしかしてやれなかった。大丈夫だから、うん、それしか言えない自分が情けなく感じた。


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