07:firework

年の夏休みは恭弥と過ごす時間なんてさっぱりないと思っていた。例年とは違って今年は俺も恭弥も年明けには受験を控えていて、お互いに自室に籠もって一ヶ月が終わると思っていた。
それなのにそれはいつの間にかに変わっていた。まず俺はただ勉強することに飽き、一度は取り組むことも止めた。ただ毎日を意味もなくだらだら過ごしてみたり、家事をしてみたり。勉強以外のことをするというのは楽しいものだと思っていたのに、恭弥がいないとそれはあまり面白いものではなかった。
一人ただ時間を潰していれば恭弥にうるさいと怒られてしまった。が、結局俺は恭弥に勉強を教えることになりまた俺は受験という目の前に立ちはだかる問題に向きあうことになった。
恭弥を教えている合間に俺は自分の問題集の問題をとく。今では二人とも自室に籠もらずにリビングで過ごしている。例え二人で何かするわけでもなく、遊んでいる訳でもないのにすごく心地よかった。
俺はただ、恭弥という存在の傍でその時一緒にいられれば満足なのかもしれない。


カリカリとシャーペンの芯が紙の上を滑っていく音ばかりが聞こえる。たまにノック音が聞こえて堅い芯が円を描く音が聞こえる。後は暑いからと開けた窓から聞こえる外の音。
暑いせいかあまり外を出歩いている人はいないらしく、虫の鳴き声や鳥の羽音ばかりが聞こえる。たまに車の通る音。暑すぎる日は窓を閉めてエアコンをいれた。
図書館ではないのに此処は少しも変わらない静かさが保たれていた。恭弥がディーノに分からないところを聞くことはあっても、その逆はありえる訳がなく恭弥が話しかけなければディーノは何も話すことがなかった。
ボーンという振り子時計の音が鳴り響く。それは時刻の変わり目を示し、今の時刻は丁度お昼の十二時を示しておいた。

「恭弥、昼にしよ」
「うん」

ディーノが言うと恭弥はすぐに頷いてディーノがするように簡単にテキストやノートをまとめる。ディーノはテキストの上にペンを置いたまま閉じていたが、恭弥はそれは気に入らないらしく、丁寧にシャーペン諸々は筆箱にしまっていた。ディーノがただ寄せたテキスト類もまとめて邪魔にならないように重ねる。
その間にディーノは慣れた手つきで昼食の準備をしていた。今日のお昼は素麺である。あらかじめ昨日母が作っておいてくれたつゆと簡単なおかずを並べて昼食を始める。

「もう夏も終わりだなぁ」

突然ディーノがそんなことを口にした。視線は窓の外に向けられていて、窓辺に掛けられた風鈴はちりんと音を立てた。

「それがどうかしたの?」
「いや、どうもこうもないけど…ただ今年はあんまり夏らしいことしてないからさ。もったいない気がして」

夏と言えばこれ! という決まりきったものをするのがディーノは嫌いでなくて、むしろ好きな方だった。世間一般でそう言われるものには人が集まると分かっていても行きたいと思う上に、それでこそ夏だとも思っていた。
しかし今年は本当に夏らしいことは何もしていないに等しいほどなにもしていなかった。母は二人を気遣い休日に出かけよう等と言うことはなかった。
ディーノが中学から高校に上がる際は恭弥はまだ小学生であったし、ディーノも恭弥と同じようにエスカレーターで上に上がることが決まっていたので、特別に勉強をするということはなかった。そのためあの年は例年よりは遠出が減った、というくらいには夏を満喫していおたのである。

「…あなた自分が受験生だってこと忘れたの?」

ディーノの言ったことに対して恭弥は少し所かかなり呆れていた。そのため返事にもその思いは込められていた。
恭弥から見ればディーノは世間一般的な受験生とは気の持ちようが違いすぎて不思議でしょうがなかった。不安を抱いてないという前に考えがすっぽりと抜けていると言っても可笑しくないほど、受験に無頓着なのだ。
自分のことなのに、そんなことでいいの。そう恭弥は今日までに何度思ったか分からない程だ。

「忘れてねぇよ」
「だったら自分のためにも頑張りなよね。…教えてもらうことで邪魔する形になっちゃってるのはあれだけど」

ディーノの勉強に対する集中を途切れさせてしまっているの原因の一つが自分と分かってるので、恭弥はあまりディーノに言えなかった。けれど自分がお荷物になって邪魔をする訳にもいかなくて、そう言ったのだった。

「そーだ。お祭り行こうぜ」
「は?」

それはまたしても唐突なディーノからの呟きだった。突然すぎて恭弥は声を漏らすことしかできない。

「ほら、近くの神社今日と明日だろ」
「そうだっけ」

ディーノは恭弥がまだ行くとも行かないとも言っていないにも関わらず、自分は行く気満々の様子だった。去年までの思い出を思い出し一人あれをしたこれをしたあんなことあったこんなことあったと口にしている。
恭弥と言えばディーノのそんな言葉は聞いておらずお祭りが今日と明日かどうだったかを考えていた。随分と前に催しの知らせを呼んだ気がするがどうもはっきり覚えていなかった。
ディーノの態度を見る限りもう行かないという選択肢は用意されてあいと分かり、恭弥はその知らせをしまった場所に向かう。行ってやってませんでした、なんてことにはなりたくなかったのだ。

「恭弥?」

食事の途中、そのままにして立ち上がった恭弥をディーノは疑問に思って問い掛ける。普段なら食事中に立ち歩くなんて滅多なことが無い限りしないのだ。

「はい」

リビングの隣の部屋にある棚、薄いチラシが何枚も入った所から一枚の目当てのものを手にするとすぐに恭弥は戻ってきた。ディーノの前にそれを置いて自分は食事を再開させる。

「ん?」
「それでしょ。…確かに今日だけど」
「じゃあ決まりだな。何時に行くかな〜」

まだ行くなんて言ってないよ。

そう言えるはずもなく、ディーノと今日お祭りに行くということは決定事項となっていた。


ディーノが突然祭りに行こうと言いだしたのは数時間前。今ディーノと恭弥はその目的地のまっただ中にいた。すでに人はうんざいりするほどいて恭弥はすでに帰りたい気持ちになっていた。
まわりはどこを見ても人、ひと、人。それも浴衣を着ている人が大抵だった。ディーノと恭弥は祭りを堪能しにきた訳ではないので今年は私服のままだった。
いつもなら浴衣を着るが普段から着慣れてないそれは動きにくい上に、いつも以上にディーノがミスったー! と叫ぶことが多いので今年は気持ちだけは楽だった。
早くも人酔いをしたのか恭弥の気分は悪くなり始めていた。しかもここには母もいない。男二人でなにをしに来ているのか、しかも兄弟で。考えると馬鹿らしくて恭弥は考えるのをやめた。

「恭弥食べたいものあったら言えよー」
「子供扱いしないで」
「まだ子供じゃん」
「違う」
「俺が子供なんだから子供だろ」
「やだ」
「やだって…」

人混みの中、離れないように歩く。歩きながらいつものように会話を交わす。今日もディーノは恭弥をやたら甘やかそうと子供扱いをする。それはディーノにとっては愛情表現の一つと言ったものなのに、恭弥はその扱いがちっとも嬉しくなかった。
いつまでもそんな扱いをされるのが恥ずかしくて、そんな扱いをして欲しくなくて。ただ「やだ」と返してしまうとディーノは何が可笑しかったのか急に笑い出してしまった。
"違う"ではなく"やだ"と返してきたのが可愛らしく、年相応に拗ねる恭弥が可愛くてなんだか可笑しくて笑ってしまった。そうディーノが恭弥に言えるはずもなかった。
ディーノの隣を歩く恭弥はやっぱり拗ねていたけれどディーノが甘やかして、恭弥の好物をいくつか与えれば機嫌はすぐによくなってしまう。

一時間ぐらいだろうか、そろそろ帰ろうかと恭弥に言うと、なにかを打ち上げる大きな音がした。すぐに視線をあげるとぱちぱちぱちという音と夜空に咲く大きな花。

「わ、」
「すごい。綺麗…」

それは花火だった。思わず二人してその場に立ち止まってしまう。すると花火が始まった影響か、人の流れも自然と止まっていた。人々はみな視線をあげて花火を見上げていた。
一度大きな音がしてから何度も何度も同じ音が繰り返された。花火はどれもこれも綺麗で、毎年見ているというのにやっぱり今年も見入ってしまった。

ふと、ディーノが視線を隣に向けた。花火の光で照らされた恭弥の顔が目に入る。
そしたら思ってしまったのだ。


離れたくないな、と。

出来ることなら俺はこの子の、恭弥の隣にいたいと。

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