06:last summer vacation

気が付けば季節は春から夏になっていてあっという間に夏休みになっていた。受験生最後の夏休みだから気を抜くな、耳にたこが出来そうな程に同じ台詞を多くの教師から言われて少しうんざりしながら最後の夏休みに入った。

ディーノは勉強にそこまで悩みも抱えていなかった。行こうかどうしようか迷っている学校はどこも自分の学力の上下であり、無理して勉強する必要はなかった。かと言って全くやらなくていいという訳でもないが。
受験というのはデメリットも多いがメリットも多かった。そのメリットの中の一つが宿題だ。受験に集中しろということで三年生の夏休みにはほぼ課題を出さないというのが、この学校の決まりだ。学校の課題や宿題をやるより長い試験勉強を継続させる方が優先されるのだ。
それは受験に備えて勉強する者にも勉強など遠いどこかに置いてきてしまった者にとってもよい決まりだった。最後の夏休みを思う存分夏休みとして過ごすも将来に費やすのも自由なのだ。
ディーノはその二つの者達からするとどちらかというよりは受験組、というなんとも微妙な位置にいた。勉強して上を目指すもいいしそのままをキープしてそこそこの所に行くのもありだ。

夏休みになった今でもディーノはこの先を決めかねていて、とりあえず勉強はそれなりにしておくことにした。たまにリボーンがやってきて適当な理由を付けてはテスト。結果が散々であればボコボコにされる。そう考えると俄然やる気が出た。
気が付くと何かの恐怖感に負われて必死に勉強する日もあった。それぐらいリボーンは怖かった。

学生にとっては夏休みではあったが母は仕事が休みのはずもなく、家にはいつも恭弥と二人きりだった。今年はお互いに受験生のため部屋に籠もっていることも多く、家は静かで勉強がしやすかった。
離れにある家ということもあり人の声が聞こえなければ、外からの干渉もない。毎日嫌な思いをして通る入り口も外に出なければ通る必要がない。裏口からこっそり出てこっそり入ってくればいい。
せっかくの最後の夏休みなのに恭弥との時間が過ごせないのは残念だったが、恭弥の邪魔をするのは申し訳なくて、またやることもなくてただ勉強するという日も少なくなかった。

けれど夏休みが始まってから二週間が過ぎようとしていた時。それまでしてきたことに飽きてしまった。
飽きた、というより他のことをしたくなった。天気は毎日嫌ってほど晴れているのに(むしろ晴れすぎている)どこにも行かないで家にいるのはどうもすっきりしなかった。暑いよりは涼しい方がいい。
そう思うのに暑さを身体が求めている気がしているのだ。元々そんな使う方ではなかったが、まずエアコンを使うのを止めた。自室から食卓に移動してそこで自然の風に当たりながら先を進めることにした。
最初こそははかどったものの、それにもすぐに飽きてしまった。それに飽きるとこれ以上勉強もできそうにないと感じてなにもやる気がしなくなってしまった。
やることもなくてどうしたらこのつっかえがすっきりするのか分からなくなった。それから数日ただ縁側にごろごろして時折「暑い…」とだけ呟く日々が続いた。暇を持て余して料理をしたこともあったが、恭弥に昼間っからこんな重いもの食べられないと言われてしまってやめた。

「あーあ〜」

特にやることも目的もなくうだうだと縁側に寝っ転がるようになって数日。今日もディーノはだうだしていた。タンクトップにハーフパンツという格好だったがじりじりと照りつける太陽のせいで気温はとうに30度を越していた。
日が当たらなくても空気は暑く、流れ吹く風は生暖かかった。

「なにしてるの」

意味もなく声を出して、汗ばんだ自分の腕を枕に仰向けに寝ていたら急にそんな声が降ってきた。

「きょ、」

目を開けると、思っていた以上に近い低い位置から自分を見下ろす恭弥と目が合い、ディーノはびっくりしてしまう。うっすら開けた目はまん丸く開かれ、言葉を発しようとした口は止まっている。

「うるさいんだけど」
「あ、あぁ・・・ごめん」

さりげなく少し後ろに下がって上半身を起こす。家の中で学校が無いということから恭弥もディーノ同様にラフな格好をしていた。ディーノが起き上がると恭弥は真っ直ぐに台所に向かった。
喉が渇いたらしく、麦茶を飲みに来た様だった。

「あなた勉強は、」
「えーと、飽きちゃったって言うか何て言うか…」

ただじっと恭弥を見ているとそんなことを尋ねられた。恭弥はディーノが自分と同じ様に受験生だと言うことを知っている。しかも恭弥はエスカレーター制の上に上がるためのものであるが、ディーノはそれとは違う。
受ければいけないからとりあえず受ける、というものではなくて自分のために受けるものだ。それなのに"飽きた"と答えるディーノに訳が分からなくて恭弥は眉間に皺を寄せる。

「何してるの」
「…そう思うよな、うん、なんかごめん」

別に何か悪いことをした訳ではなかったが、咎めるように恭弥が言うのでディーノはすぐに謝罪を口にする。恭弥が食卓に着いたのでディーノはその向かいに座る。
促されるままに麦茶を口にした。体内の中にそれが流れていくのを感じて、初めて自分が水分を欲していたのだと気が付いた。時計を見れば時刻は一時過ぎ。お昼時だった。

「今日はご飯作らないの?」
「へ、」

時計から視線を戻すと恭弥と目があってすぐに言われる。予\想もしていなかったことを言われてディーノは思わず変な声を出してしまった。そんなことを言われるとは思っていなかったのだ。
確かにここ数日料理をしていた。初めは簡単なものを、恭弥が美味しいと言ってくれたから次の日も作った。その次の日も、そのまた次の日も。しかし昨日は恭弥に褒められたことから調子に乗って凝ったものを作ったら随分と怒られてしまったのだ。
恭弥は日本食が好きだと分かっていたのに、洋食を作ってしまったのだ。それが恭弥にとっては昼から重すぎたらしく、胃がもたれるなどなんだかんだ文句を言われてしまったのだ。

「…あー、うん」

昨日はごめん、と続けてディーノは言った。
結局残さず食べてくれたものの、恭弥は夕飯をあまり食べることが出来ず本当に悪いことをしたとディーノは感じていたのだった。そんなことがあって今日は何も作る気が起きなかった。
また前のようにご飯は互いでどうにかすればいいと思っていたし、恭弥なら敷地内のものに頼めば誰も嫌な顔せずに昼食を運んでくれるだろう。ディーノ自身は適当に済ませればいいと思っていた。

「あのね」
「ん?」
「別にあなたのご飯が嫌いって訳じゃないんだよ」

突然ぽつりぽつりと恭弥が呟き始める。

「お、おう?」
「ただ昨日みたいなのはお昼からは食べられないというか、その」

両手で包み込んだコップをじっと見つめて言う恭弥。この歯切れの悪さから恭弥は昨日自分が言ったことに、少なからず反省をしていると言うことがディーノにも分かった。
素直に"ごめんなさい"と言えないから恭弥はこういう言い方をする所があるのだ。

「いいよ。なんか考え足りなくてごめんな。えーと、恭弥ご飯どうする?」

ぽすん、と恭弥の頭に手を置いてなでてやった。普段それをやると恭弥は怒るのに、反省している時だけは振り解こうとすることもなかった。

「今日は母さんが朝作ってくれたでしょ」
「あれ、そうだっけ?」

どうやら今日の昼食は朝母が作ってくれたらしく、その日はそれを温めて二人で食べた。ご飯を食べている間、今までに無いくらい恭弥と話をした。
話の流れで恭弥が教えて欲しい所があると言うので勉強を見てあげると何故か怒られた。

「あなたむかつく」
「え、なんで!」
「僕の方が絶対真面目にやってるのに…」

う〜と声を唸って恭弥に睨まれて、そんな感情むき出しの恭弥は久しぶりに見た気がしてなんだか可笑しかった。最後の夏休み、残りはやっぱり恭弥と過ごしたいとディーノは強く思った。

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