03:family

遠い異国の地で生まれて早18年。マフィアという一般的な職業と言われる枠にはない職業に就く親の元で生まれたが、両親を亡くしたのをきっかけに今まで母親だと思っていた人が実の母親では無かったことをディーノは知った。
引き取り手の無かったディーノを日本に住む本当の母親が引き取り、今ではマフィアとは全く関係のない一般的な職業に就く母親に育てられている。

初めのうち、母はディーノの母国語であるイタリア語で会話を交わしていたが、学校にも通わなくてはならないという理由から少しずつ日本語で接するようになった。日本語が分かるようになってきてまずディーノが知ったことは、自分はこの一族に受け入れられていないと言うことだった。
それもそのはずで、ここは日本でも名家の一つである雲雀の本家の敷地らしいのだ。そこには勿論純血の日本人しかおらずハーフなんてものは一人もいなかった。敷地内で噂をしていた者によると、母に子供が二人いたことは誰も知らなかったと言うのだ。
そもそも異国の地で子供を産んでいたなどとは誰も思っていなかったらしい。海外に留学していた、という話を聞いてそこで父親と出会ったんだろうとディーノは思った。
母は幼き頃からディーノに敷地内の人間の言うことは気にしないように、と何度も繰り返し言っていたのでディーノ自身そんなものはどうでもよかった。今自分が此処で暮らしていることに不満はなかったし、家族を嫌いだと感じたことはなかった。

日本に移り住んで大きく変ったことは生活環境と家族だ。本当の母親と弟が出来た。弟との歳の差を考えると父親の存在がこの家庭にいなかったことに気が向かなかった訳ではないが、いつか話してくれればいいと思っていたのでディーノは自分から聞こうとはしなかった。
弟の名前は"恭弥"と言って初めて見たときは女の子かと間違えてしまったほどに可愛らしい顔をしていた。赤ん坊であればどんな子供でも大抵可愛いと感じるものかもしれないが、恭弥はディーノにとってはそんなもの関係ない程だった。
恭弥が大きくなればなるほどディーノも母同様に嬉しかった。初めて自分の名前を呼んでくれたとき、初めて駆け寄ってきてくれた時、初めて家族三人で出かけたとき、どれもこれも大切な思い出だ。
母には本当に恭弥のことがすきなのね、と何回言われたか分からないくらいだったが、それほどにディーノは恭弥が好きだった。表情がころころ変り何でも表に出してしまう性格のディーノだったが、反対に恭弥は成長するごとに感情を露わにしなくなってしまった。
初めのうちはディーノのことを兄と意識してか「にぃーに」と可愛らしく呼んでいたのに、それは一年、二年経つと呼ばれなくなってしまった。今ではディーノと名前で呼んでいる。

「恭弥、俺は昔みたいに"にぃーに"って呼んで欲しい!」

一日一回、毎朝朝食時に必ず出てくる話題だった。母はまたいつものが始まったのね、と「早くしないと遅刻するわよー」と話題には全く触れようとしない。
恭弥と言えば向かいに座るディーノを視界にすら入れようとしないで黙々と食事を進めていた。箸を動かしているのは恭弥で、ディーノは今話しているというのにディーノの周りだけはご飯粒やらなにやらがあちこちに零れている。

「恭弥!」

無視されているということはいつものことであるのにディーノは腹を立てたのか、先程よりも大きな声で恭弥の名前を呼ぶ。
するとことり、と恭弥の箸が置かれ。

「馬鹿なこと言ってないで早く食べなよ。あなた何をするにも遅いんだから」
「じゃあ呼んでくれる?」
「意味が分からないな」

恭弥はディーノの話にまともに反応しようなんて考えていなかった。いつまでも恭弥恭弥、とこの兄は親離れ所か弟離れをしようとしないのである。しかも口を開けば昔の様に呼んで! と馬鹿みたいに繰り返す。
ディーノのことをそんな風に呼んだのは初めの数年だけのことであって、自分でもなんでそんな風に彼を呼んでいたのか分からなかった。思い返して見れば恥ずかしさしか込み上げてこない。
普通にお兄ちゃんと呼んでたらまだしも、何故自分はディーノのことを"にぃーに"なんて呼んでいたのだろうか。恭弥自身それは疑問でしょうがなかった。

物心ついた頃に突然増えた家族。名をディーノと言い、国籍も外見も何もかもが違った。一緒なのは彼の母親が自分の母親と同じと言うことだけで、自分にはそれを確かめる術はなにもなかった。
ただ母はディーノを家族として招き入れることを本当に嬉しそうにしていたので何も言えなかったし、ディーノ自身恭弥という存在に不満があるどころか喜んでいたのでまぁいいかと思ったのだ。
ディーノは家族の中でももっともおっちょこちょいでミスもすごく多かった。母に言わせればそれはディーノの父親譲りらしいのだが、そのへなちょこっぷりはすごく異例だ。

「ディーノ、早くしてよ」
「おー、今行く」

玄関先で先に用意を済ませた恭弥はディーノが来るのを待っていた。
ディーノのへなちょこさ故、無事に学校に行くためには恭弥が一緒に行くことが何よりも大切なのだ。なにもディーノが好きで、一緒に登校したくて登校しているんじゃない。
本当は一人で早めに行って学校でのんびりしたいのだ。

いつも玄関先でディーノを待つ間、恭弥は自分自身に言い聞かせるように心の中で呟いた。母がお願い、というからなのだ。

「お待たせ恭弥〜」
「…いつも思うけどあなたなにしてる訳?」
「えへへ、内緒」

靴を履きながら恭弥に視線を上げてへへ、と笑うディーノに少し苛立ちを感じたが、同時に年相応ではないその笑顔に不覚にも気を取られてしまった。すぐに苛々なんてどうでもよくなり、学校では見せないディーノの表情ばかりが脳裏をよぎる。
「教科書持った?」
「ん、当たり前」
「筆箱は?」
「おっけーおっけー」
「お弁当は?」
「……あ、」

ディーノがもたもたと靴を履く間に荷物の確認をするのも日常だった。ディーノは忘れ物がとにかく多いので、毎朝こうやって恭弥が忘れ物が無いかを確認しているのだ。体育がある日や特別何かが必要な日。ディーノ以上に恭弥の方がそれを把握していた。
そして今日の忘れ物は大事なお昼ご飯。母さん、と恭弥が声を掛けようと思う前に目的のものを手にした母が玄関先に現れた。

「また忘れてるわよ」
「ありがとう、母さん」
「ほら行くよ」

恭弥はディーノが鞄にお弁当をしまったことを確認すると、ガラリとドアを開ける。いってきます、と二人して言ってから家を後にした。

「あなたそんなんで大丈夫なの?」
「…何が?」

家では随分とへなちょこな兄ディーノが学校ではどうしているのかが気になって、なんとなくそんなことを口にした。

「学校」
「? 問題なしだぜ!」

ぐっと親指を立てて言うディーノに何を言ってるか意味すら通じてなさそうだ、と思って恭弥は思い溜息をついた。こんな人が自分の兄で、学校でちゃんとやっていると言うのだからビックリだ。
でもその"ちゃんと"はあくまでも本人の意見であるので信用出来るわけがなかった。何もない道で転び、ご飯を食べれば周りにぼろぼろ零して汚して。そんなディーノが普段どう過ごしているか多少気になっていたのだ。

(頭弱そう…)

笑顔のディーノを見て恭弥はそんなことを思って、また思い溜息を一つ漏らした。
こんな兄が学校では成績優秀、品行方正というのだから驚きだ。だから恭弥は兄がに悩んでいることがあるなんて思いもしなかったのだ。

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