01:lost

父親が危険な仕事をしているのは職業から何となく分かっていた。マフィア、その言葉を聞いたのは随分と幼い日だったことを覚えている。気が付けばマフィアの通う学校に通わされていて、それが特殊な職業であると気が付くのには時間が掛かった。
マフィアという職業の中でも父はボスという一番上の役職の人間だった。勿論最も命を狙われやすくて何時死ぬかも分からない。その事は昔から聞かされていて知っていたはずなのに、怪我なんて滅多にすることのない父を見てそれは起きないことだと信じていた。

そんなある日、父は肩から血を流して帰って来たのだ。
血を流しすぎているのか、一人で歩くこともままならない父は部下に引きずられる形で自邸へと帰ってきた。
ことの深刻さを判断した母にはすぐに部屋に入る様にと促されたが、父のそんな状況をみてすぐに眠りに付けるはずも無かった。
結局意識はいつの間にかに落ちていて、暗かったはずの空はいつのまにか明るくなっていた。起きて真っ先に父の側近、ロマーリオに状況を尋ねた。

「詳しいことは坊ちゃんにはお話できねぇが、とりあえず無事だ」
「そっか、」

それしか教えて貰えなかったが、安否が確認だけでもかなり安心した。その日は屋敷の中で皆あわただしく動いていたが、坊ちゃんは学校に、と言われて普段通りに学校に行った。寝不足の所為で眠かった。
家に帰ると母に呼び止められ父と会っていいと言われ、自室に荷物を投げ入れて部屋を飛び出した。

父は顔色も口調も元気そうで、会いに行くとそんな顔をするなと慰められた。泣いていたつもりなんてないのに涙は流れていたらしく、生きているという温もりに酷く安心した。そんなに父のことは好きじゃなかったはずなのに、死んで欲しくないと強く感じたのだった。
会話の途中で急に父は真面目な顔をしてディーノの名前を呼んだ。

「大事なことを話すからよく聞け」
「うん」

今まで何も教えてくれない大人達に疎外感を感じていたディーノだったが、やっと話してもらえることに自分まで大人の仲間入りを果たしたような気持ちになる。
流行る心臓を落ち着かせ、返事を返す。

「今ここすごく危険だ。だからお前はしばらくの間学校の寮で過ごせ」
「…うん」

本当は学校の寮になんか入りたくなかったし、危険でも父の傍にいたかった。けれど父と視線が合うと何も言えなくて、結局ただ従うだけの返事しか出来なかった。
なんで、どうして、いやだよ、そんなことは何一つ言えなかった。

次の日、少し大きめの荷物を持って家を出た。別れ際に父には心配するな、と言われ強く抱きしめられたが心配しないなんて絶対出来ないと思った。家を出る直前に母に強く抱きしめられ、これが最後何じゃないかと思う程にきつく抱きしめられて涙が出てしまう。
二度と会えない訳じゃないのに、まるで未来はないかのような接し方に我慢出来なくなってしまったのだ。
泣きやまないディーノを慰めながらロマーリオはディーノを車へ連れて行き、ディーノをそのまま学校の寮へと連れて行く。車内でもディーノはずず、と鼻を啜るので、ロマーリオは酷く胸が痛んだ。
泣きやまない親子を引き離す、例えご子息のためボスのためだとしても気にしないわけにはいかなかった。

「落ち着いたら連絡するからな」
「うん」
「もう大丈夫か?」
「うん、俺頑張るから」
「それじゃあな」

ぽすん、と小さなディーノの頭にロマーリオは手を置いた。ふわふわの髪の毛はやっぱりふわふわしていた。


その次の日の事だった。
小さな交戦と言っても本邸が狙われる危険があった程のもの。それに巻き込まれたことからディーノはファミリーから離され、標的にはされない学校の寮へと移されたのだ。
それなのにそんなことは全て無駄だったかのように、ディーノ元に一本の連絡が入る。

――二人とも交戦中に、

その先は聞こえなかったのか聞かなかったのか分からない。けれど二人とももういないということだけは分かった。これからどうしたらいいのか、電話してきた部下の一人である男も分からないのか、とりあえずはそこにいてくれと言われる。


一度に色々なことが起きすぎて受け入れられなかった。父が怪我をして、危ないから学校の寮に移れと言われ、母とは今生の別れのような別れ方をした。そしたら、それが本当に最後になってしまった。
母だけでなく父ももうこの世にはいない。ボスであるのに、じゃあ誰がボスになるの? なんてどうでもいい答えてくれる相手のいない疑問が頭に浮かんだ。
どうしたらいいのか、分からない。まだ自分は小さくて一人で生きていくことなんて勿論不可能で、なにか行動を起こすなんて勿論出来なかった。

「落ち込んでる暇ねーぞ、へなちょこ」

寮の中の与えられた事自室に籠もっていると突然声が頭上から声が振ってきた。声の主は鍵の掛けられてあった筈の窓の所にいて、解放されたまだの縁に座っていた。

「リボーン…?」

記憶の中にある父の知り合い、声の主の名前をディーノは呼んだ。見た目は小さな赤ん坊であるのにヒットマンだ、と名乗る彼が見た目とは違う中身と性格をしているのを知ったのはまだ記憶に新しい。

「何かあった時はお前を任せると言われてたからな、来てやったぞ」
「…俺はこれからどうなるの?」
「まずはお前を安全なところに連れて行かなくちゃいけねぇな」
「もう父さんも母さんもいないんだよ…」

口に出すとじわじわと両親が死んでしまったという現実を思い出す。視界が滲み始めるのが分かったが、泣いてもどうにもならねーぞとリボーンに銃で狙われて泣けなくなってしまう。

「こうなった時、普通はお前の母親の実家に預ける。しかしそれはできねぇ」
「なんで…?」

リボーンは俯いてディーノと視線をずらした。なにか言いにくいことがあって、それをこれから言うというのは仕草でディーノにも察しがついた。

「お前の母親は本当の母親じゃねぇからだ」

それからリボーンは事実をディーノに教えた。ディーノが母親だと思い込んでいた相手は本当の母親ではなくて、ディーノを産んだ母親は別にいるということを。
本当の母は遠く離れた国に住む人で事情があってディーノと父とは一緒にいることができず、ディーノが生まれてすぐにイタリアを旅立ってしまったこと。その母親とは挙式までは上げて居らず、その後婚約した相手が現在の母親だということ。前の女との間に子供がいたディーノの父のことをよく思っていなかったために、母親の実家に預けることはできないということ。
リボーンはディーノが聞いたことのない話を沢山した。そしてここにいることも危険であるということを。

「それで、俺はどうしたらいいの?」
「お前の本当の母親の所へ連れて行く」

父のいない今、従うほかになかった。


7歳という幼さにしてディーノは家族を、住む場所を失った。


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