やっぱりあなたって、そう

咬み殺したくて追いかけていた相手なのに、底の見えない強さと今までに出会ったことのない態度を取るあの人。勝ちたいという気持ちはいつの間にか薄れ、今はその膝を地面につかせることから始めようと思うようになった。けれど、そう思っているはずなのにたまにはそれがどうでもよくなる日もある。

それが例えば、今日だ。


「よっ」

恭弥がディーノの教室に現れてからしばらく、恭弥は何が原因か分からない苛々に悩まされていた。あの日気持ちを落ち着かせてから応接室に戻ったというのに、応接室にディーノがいたことで恭弥は治まっていた怒りを取り戻してしまったのだ。
恭弥は自分を苛つかせるばかりのディーノに嫌気を感じていた。そうして応接室にしばらく籠っていると、ディーノはこうして応接室を訪ねてくるようになったのだ。きっと今日も用はないと言うのだろう。

「何の用」

恭弥はディーノがここに来ると必ず同じことを繰り返す。ここは応接室、風紀委員の使う部屋であり並盛最強(凶)とも言われる恭弥の部屋なのだ。普通ならば近づこうとは思わない上に、用があっても来たくないと思う場所だ。

「俺が来なきゃお前が来るだろ?」
「そんなことはないよ。僕は忙しいんだ」

ディーノはそう言ってここに来る様になったが、恭弥はもうディーノの教室に行くつもりはなかった。もう草食動物の群れの中に行ってまで、ディーノを咬み殺したいとは思えないのだ。あの時感じた苛々はどうしようもなく、度々あんな感情が渦巻いていたらどうにかなってしまいそうだった。
自身ではそんなに短気だと思っていない恭弥にとって、ディーノに感じさせられる苛々はそれほどに多いのだ。

それでも恭弥の言う"忙しい"は嘘だった。本当はディーノと接触したくないから応接室にいるのだ。

「用がないなら帰ってよ」
「うーん、」

いつにも増して、今日は機嫌悪ぃな。ディーノがそう思うほどに今日の恭弥は機嫌が悪かった。応接室に入った時は視線を向けてきたものの、その後はずっと書類に向けられている。

まただ、恭弥はディーノが感じているようにこの時いつもの原因の分からない苛立ちを感じていた。風紀委員の仕事で出会えば話掛けられ、何かを噂し始める草食動物たち。勝手にビク付き始めては恭弥の機嫌を損ねる発言ばかりしていく。勝手に悪者を決めて、勝手に勝敗を口にして。
それにちっとも気づこうとしないディーノがいつも、さらに恭弥を苛立たせていた。

「今日はいいのか?」

なかなか動こうとせず、トンファーも出そうとしない恭弥にディーノは違和感を感じていた。いつも、という訳ではないが恭弥はいつ来ても必ずトンファーを手にするのだ。初めは来たのなら相手をしろ、そのうち負ける僕を馬鹿にするなら帰れと追い出された。
それでもディーノがここへ来てしまうのは恭弥のことが気になるからだ。噂を聞く限り友達といか、そう言った人間はいなさそうでだ。なら俺が仲良くしてやるかと思ったのだ。それは将来仕事でどんな相手に出会っても、うまく対応できる練習になればいいとか、そんなことを思ってだ。

「うるさい」

恭弥は視線を上げるつもりはなかった。とにかく今日はそんな気が起きないのだ。早く出てって、希望はそれだけだった。
ディーノは相手をするつもりがないらしい恭弥に一言ごめん、と謝るとソファーに腰を落ち着かせた。今の時間は昼休み。残りの休み時間をここで過ごそうと思ったのだ。応接室は生徒の近づかない場所であり、昼休みでも静かだった。

「恭弥何考えてる?」

書類に向ける恭弥の視線をソファーからたどる。その指はペンを持つだけで、動いてはいない。それはきっと恭弥が考え事をしているからのことで、それに気がついたディーノはそれが気になったのだ。いつもなら咬み殺すと返すのが大抵の相手を前に、何を考えているのだろうと。

もう飽きてしまったのだろうか、と。

「あなたを咬み殺す方法。まずはその膝を地面につかせてあげるよ」
「お」

恭弥はやっと顔を上げるとディーノの顔を見てそう言った。いつもと同じ表情と同じ口調で。ディーノの瞳をじっと見つめていると、その目はあっという間にあの時の様なものになった。普段は絶対に見せることのないディーノの表情、恭弥が咬み殺すと攻撃を仕掛けた時にだけ見せるそれ。

「それは油断できそうにねぇな」

口ではそう言いつつもディーノは口元には笑みを浮かべ、そして心配している様子など全く感じさせていなかった。


――やっぱり、この人ムカツク。

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