勝手に呼ばないで

「恭弥、大丈夫…?」

ディーノがそう恭弥に声を掛けたのは目の前で恭弥が動かなくなってしまったからだ。片手のトンファーは先ほどディーノ自身がはじき、後方に転がっている。恭弥はそれを拾いに行くことなく固まっていた。
いや、固まるしかできなかったのだ。攻撃をはじかれたことはあってもここまで通用しなかったことはなく、もちろんトンファーをはじかれたことはなかったのだ。ただただ目の前で起きたことが信じられなくて、恭弥はなにも言葉にできなかった。

(勝てない、)

今まで浮かんだことのない言葉が恭弥の脳裏に浮かんだ。考えたこともなかった言葉だ。その可能性はいつだって限りなくゼロに近く、そしてこれまではゼロだった。昨日までは。

「恭弥」

ディーノは何も言わず俯いたままの恭弥が気になり、もう一度名前を呼んだ。俯いたまま、動かないまま。
もしかしたらどこか身体の一部を痛めて動けなくなったのかもしれない。そう考えるとディーノの血の気はサッと引いてしまう。怪我をさせるつもりなんてなかったのだ。むしろさせたくなくて防ぐだけだったのだ。

「だいじょ「触らないで」

あまりにも心配になって肩に触れようとすると、恭弥は伸びてきた手を空いた手で弾いた。すぐ後退して落ちたままのトンファーを拾う。ディーノはようやく動き出した恭弥に怪我してないか、と心配そうに尋ねる。
しかし恭弥は素っ気なく別に、と答えるだけだった。

(これじゃ本当かどうか分からないな)

ディーノはなんとなく恭弥のことが分かってきたような気がしていた。まず他の生徒とはなにもかもが違うということ。ただし恐れられる存在だと言うことだけは誰もが共通で抱いている感情だ。
そして咬み殺すことにしか興味がなく、咬み殺すことに関係しないことはほとんど口にしない。さらに表情もほとんど変えないので、ディーノには恭弥の考えることがあまりよくわからなかった。

分かることはただ一つ。機嫌が悪い。

「はぁ」

そんなことだけ分かっても仕方ないのに、とディーノは思いため息を漏らした。クラスメイトと仲良くなるのはあまりにも容易だった。だからここでの生活はスムーズに行くのだろうと思っていたのに、これは予想外の障害だった。
嫌われているだけならいい。しかし毎日こうして恭弥に絡まれるのであればディーノはそれなりの対処をしなければいけなかった。無視するには自分が怪我をしてしまう。厄介以外のなにものでもないのだ。

「恭弥はどうしたいんだ?」
「名前」
「ん?」

ディーノは分からなくてそう言った。恭弥は目が合うとムッとして眉間に皺を寄せている。間違えたかな、と考えるもリボーンに教えて貰った名前はヒバリキョウヤに間違いないはずだった。

「やめて」
「何が?」
「名前を呼ぶな」

もうディーノにはわけが分からなかった。名前を呼ばなければ相手を呼びかけることは出来ない上に、ねぇやちょっととわざと名前を避けて呼ぶのはディーノにとってあまりいい気分ではなかった。自分がされて嫌なことは他人にもしたくない。
でもそれをやめろと言われてしまう。ディーノの中で恭弥はますます不思議な存在になっていく。

「じゃあどー呼ぶの」

面倒くさくなってディーノは自分よりも幼い相手に話す様に口にしてしまう。またそれに恭弥はムッとした様子だったが、もう気にしているのも面倒になっていた。

「…もういい」


新たに分かったことは、名前で呼ばれるのが嫌いだと言うことだ。それでも俺は勝手に名前で呼んでやろうと思った。なんとなく、だ。

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