ひたと窓硝子に触れる。薄く結露が姿を現していたそこに、五つの跡が残った。
一枚隔てた向こうではざあざあと降り注ぐ雨。木の葉で弾け、傘で弾け、地面で弾ける。音の世界が、支配されていた。
何となく、ほうと吐き出される薄い息が窓硝子に染みた。指先がゆっくり滑って、五つの跡は背を伸ばす。その線からは、向こうの景色がよく見えた。今日は寒い。もしかしたら雪に変わるかもしれない。そんな事を頭の片隅に思って、彼女はそこを離れた。レコーディングルームに向かうはずだった足を、思わず止めてしまっていたのだ。

そんな彼女が学園を後にする頃。
昇降口から出た彼女は思わず感嘆の声を溢した。雪だ。真っ白い、牡丹雪。空を見上げると、次から次へと降りてくる。
地面も、近くの植木も、ほんの少し白くなっていた。あと数時間の内にも辺りが純白に覆われることだろう。
そこで、彼女はふと気付く。鞄を探っていた手は、何も掴まぬまま、帰って来るはめになった。常備している折り畳み式の傘を今日に限って、寮に置いてきてしまったようだ。
小さく溜め息をついて。雪だから、土砂降りよりは幾分どころか、良いと、雪の中を歩き始めたその時。


「…春歌?」


聞きなれた声が聞こえて、後ろを振り替える。


「翔、くん」


日だまり色の瞳に映ったのは、彼女のパートナー、来栖翔。その人だった。ぐるぐると巻いたマフラーから覗く鼻の頭が少々赤い。


「今から帰るのか?傘は?」

「あ…っと、忘れちゃって」


眉を下げてそう云う。雪の下に立つ春歌の髪に、肩に、少しずつ雪が陣取り始める。それも束の間。ばさりと開いた青色の傘が白を遮った。ポケットから出てきた翔の右手が柔らかい所作で髪に、肩に触れて雪を払う。


「ったく。天気予報くらい見てから来いよな…。ほら、行くぞ」

「…え?」

「寮まで送ってく」

「あ、ありがとう…」

「…家来を助けるのも、王子の役目、だからな」


それだけ。と。最期の言葉は小さく融けた。





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