朝の陽射しに、閉じた瞼が明るく照らされる。眠りの淵で、窓の向こうの微かな鳥の囀ずりさえ捕らえるようになってきた。
春歌の意識がはっきりして、双眸が覗くまできっと時間はかからない。

ふいに、温もりを求めて隣に伸ばした手。しかしその手は何も掴めずシーツを掻くだけ。


ぶわり。
何か湧き上がってくるような感覚。それを感じた時、一気に覚醒した彼女の日だまり色が覗く。
そして、勢いよく起こした上半身。その際、昨晩散々愛された下腹部がじんと甘い痛みを残す。


「な、つき…くん…」


隣に温もりはなかった。


(…ああ、お仕事、行っちゃったんですね)


日だまりに似合わない影が落ちる。
瞳の奥が段々熱くなってきて。

ただ彼の名前をすがるように口にした。


「…ハルちゃん、?」


彼女の耳に、愛しくて仕方がない声が届いた。

寝室の扉に目を向ければ下だけ衣服を纏った長身の身体。はちみつ色の綺麗な髪の向こうの若草色。

振り返った春歌を見て、若草色は見開き、心配の色を宿す。


「……泣いてるの?どうして?」


そう言われて驚いたように両頬に指を滑らせれば、確かに感じる雫。
いつの間にか泣いていたらしい。本当に無意識の内だった。


「あのっ…えっと、何でもないんです…!ゴミが入ってしまったみたいで、あの、…気付かなくて…」


雫を払うように目元を擦る春歌。
そんな彼女に那月は近付いて、寝台に腰を下ろす。スプリングが沈んだことに気付き瞼を開けた彼女。
彼の大きな手は、手早く彼女に纏う布団を引き剥がした。
その行為に驚いた高い声が上がる。
細腕が身体を隠すより格段に早く、逞しい腕に引き寄せられる小さな身体。


「…ハルちゃん、嘘は、だめ」


――ゴミだったらそんなつらい顔、しないよね。

華奢な肩口に落ちたはちみつ色が囁く様に言った。
一度びくりと震え、固まった身体はやがてゆっくりと弛緩していく。
シーツに垂れたままだった両腕が持ち上がり、広い背中に回された。

直接触れ合う肌がじりじりと、熱すぎる熱を持っていく。


「…鬱陶しく思われるかもしれません」

「思いませんよ。絶対」

「その…那月くんが……」


そこで口を閉ざしてしまった。
紡がれない言葉に、言い出し難いことなのかと読み取る。


「もしかして、ココが痛かった、とか?」


――昨日激しくしすぎちゃったから…。

そう言って春歌の下腹部を撫でる那月の手。
いよいよ昨晩の密事が脳裏を巡って顔を真っ赤にした春歌がぶんぶんと、首を横に振る。それを振り払う意味と、否定の意味を込めて。


「っ、いえ!…あ、少しは痛いですけど…そういうことではなくて…っ」


那月は春歌の言葉を待った。もごもごと濁していた言の葉は、やがてしっかりと意味を持つ。


「起きたら那月くんが、いなくて、ちょっと…寂しかったんです。…そ、そんな事思っちゃ駄目だって解ってるんですけど…その、」


――ごめんなさい。

しゅんと力が抜ける。

那月はアイドルだ。
知名度はまだまだだが、人気急上昇中。仕事も目に判るように増えてきていて。
これからきっともっと会えなくなる。二人で迎える朝も、減ってしまう。

それが、わかる。わかるからこそ…結果、那月の希求には負けてしまったが、春歌はなかなか言えなかったのだ。


「…どうして謝るの…謝らなきゃいけないのは僕の方なのに…」

「違います!あの、私…那月くんにお仕事が入ってきて、テレビでいっぱい見れるようになって嬉しいですし!…だから…――!」


抱き締められる力が、強くなる。


「ごめん…ごめんね。
ハルちゃん…余った僕の時間は全部あげる。これから、ずっと。だから…我が儘ですけど、笑っていて?」


那月は唇を落とした。
またもそこから熱が広がって。

触れ合う胸で共鳴するように、高鳴っていく鼓動がただ、心地よかった。





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