Spring Day

Spring Day



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いちばんは

世間は大晦日で賑わっていて、どこへ行こうにも身動きひとつ取りづらく、さすがの俺でも疲弊してしまう。

やっとの思いでたどり着いたサバイバーは、いつもと変わらずガランとしていてホッと落ち着かざるを得ない。

               

去年はみんなで集まって、ワイワイと騒ぎながら年を越したというのに今年は集まりが悪く、予定がない者も各々過ごすことになった。

とは言っても、特に予定を合わせなくとも暇しているものはサバイバーに集まるだろう。と、思っていた俺の読みは外れたようだ。

マスターと他愛もない話をし続けて誰も店を訪れないまま、かなりの時間が経った。 時計をチラリと覗けば、あと数分で年を越してしまいそうだ。

               

「今年は本当に誰も来ねえんだな」

               

「足立ぐらいは来そうなもんだがな」

               

どこか呆れたように鼻で笑うマスターに釣られ、フッと笑みをこぼしながら手元の残り少ない酒を呷ると同時に、ぼんやりと彼女のことを思い浮かべた。

               

(なまえちゃん、今頃楽しくやってんだろうなぁ)

               

『今年は実家に帰省しようと思って』と異人町を離れた彼女は、きっと家族と愉しい時間を過ごしていることだろう。

彼女がゆっくりと家族団欒のひと時を過ごせていることは、俺にとっても喜ばしいことなはずなのに、なんだかポッカリとなにかが欠けていて、虚しい気持ちはなんだろうか?

               

「春日、もうすぐ明けるぞ」

               

ひとり感傷に浸っていると、マスターが時計に向かって顎をしゃくった。

今、彼女がこの場に居ないことは俺にはどうしようもないことじゃないか。そう、年越しを祝う気持ちへと切り替えようと思った時、電話の着信音が店内に響き、反射的にスマホの画面に目を向けるとそこには彼女の名前が表示されていた。

どうして彼女から電話が? なんて思考は今の俺には無い。パッとスマホを手に取り、画面を応答へとスワイプして耳に当て声をかける。「なまえちゃん、どうした?」

               

しかし、普段なら『もしもし?』と返ってくる彼女の返事は無かった。

               

『あっ!? 嘘、どうしよう!』

               

なまえちゃん?」

               

『まって! ちょっと待ってね!? 10秒ぐらい!』

               

機械を通して聴こえてきたのは、テレビから流れているであろう賑やかな年末番組の音声と、『こんなに早く繋がるなんて思ってなかった……』と呟く彼女のとても焦燥感のある声だった。

何か危険なことに巻き込まれているのだろうか? そんな心配で頭が埋め尽くされそうになった時、

               

『さん、にぃ、いち──』

『一番! 誕生日おめでとう!』

               

「え?」

               

そんな言葉が彼女の嬉々とした声で飛んできた。

電話の奥から聴こえるテレビ番組で『𝖧𝖺𝗉𝗉𝗒 𝖭𝖾𝗐 𝖸𝖾𝖺𝗋!』『本年もどうぞよろしくお願いいたします!』と賑わっているあたり、どうやら日付が変わったようだ。

               

『あれ、一番?』

               

ポカンと呆気にとられ、返事もできないでいると彼女から不安げに問いかけられた。

               

「わ、悪い! ありがとうな!」

               

『ううん』

               

「あのよ、もしかしてそれを伝えるために電話してきてくれたのか?」

               

『うん、そうだよ? 今年は一緒に居れないけど、どうしてもそれだけは誰よりも先に伝えたくて!』

               

『先走りすぎて日付変わる前に電話しちゃったけど……』と自虐気味にエヘヘと笑う彼女は、きっと困ったように眉を下げているのだろう。

誕生日の俺よりも嬉しそうな声色で、しかも今日という日を純粋に張り切って祝ってくれた彼女にギュウっと胸が締め付けられた。

誰よりも早く祝ってくれて、誰よりも喜びに浸った様子の彼女がたまらなく愛おしい。

               

「──なまえちゃんが1番だぜ」

               

それは、俺にとって彼女が1番尊くて愛おしい存在だと、改めて認知した故に咄嗟に出た言葉だった。電話越しでも伝わる彼女の柔和な雰囲気に、温かく包み込まれて心地がいい。

けれど、彼女にその意図は伝わらなかったようだ。

               

『本当!? 良かったぁ! 早く電話した甲斐があった〜!』

               

1番に祝ったのが自分だという意味に捉えた彼女に、ついフッと顔が綻んだ。「おう、嬉しかったぜ!」

               

相も変わらず嬉しそうに『フフッ!』と笑う彼女に俺の本当の意図を伝えるのは、電話越しなんかじゃなくて直接が良い。

彼女が異人町へと戻って来たら今度は俺が1番に伝えてみようか。


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