窓から太陽の光は一筋も入り込んでいない。 一体何時なんだろう。微妙に焦点が合わない目で枕元に置かれているはずのスマホを無造作に探し、コツリと指先に触れた画面を点灯させると、小さな画面が光源だとは到底思えない光が放たれた。
(眩し……)
光の侵入を拒むように片目を瞑り、薄目で時間を見てみれば午前4時前──
まだ起きるには随分早い時間だ。もうひと眠りしようか、と力無くスマホを放り投げて枕に顔を埋め、なんと気なしに横で眠る彼を見つめた。
いつも眠りにつく時は私に背を向ける彼が、今は顔をこちらに向けて眠っている。
この状況はとてつもなく貴重だ。
ここぞとばかりに、まじまじと彼を凝視してみれば、気持ちよさそう……とはとても言い難いほど、眉根を寄せた険しい顔で眠っている。
なにか良くない夢でも見ているのだろうか?
でもまぁ、いつもそんな顔か、とひとりフッと笑みを浮かべた。
普段とは違い、セットもなにもされていない彼の黄金色の髪は、ぼんやりと橙色に光る豆電球に照らされていた。
明るい髪はきっと何度かブリーチで脱色しているのだろうが、不思議と彼の髪は軋むことなくツヤツヤと光り、サラリと束から崩れた数本が今は顔にかかっている。
彼の髪を触る機会なんて滅多にないな、とそっと頬に指を滑らせながら、顔にかかった髪を流してやると、普段は決して芽生えることのない好奇心が芽生えた。
彼の皺が寄った眉間に人差し指を宛てがい、ほんの少しだけ力を込めて、シワを押し伸ばしてみる。
一瞬、皺をより深く刻み込んだと思えば、指を離すと瞬く間に凹凸は見る影もなくなる。
すると、先程と打って変わって穏やかそうな顔をしていた彼の瞼がピクリと揺れ、ゆっくりと、そして薄く目を開いた。「……何してんだ」
「起こしちゃいました?」
「…………」
「まだ早ぇだろ。寝てろ」
「うん」
僅かな沈黙の後、彼は起こされた不満からか端から不機嫌そうに、寝起きの低く唸るような声で言った。
そんな彼に強引に抱き寄せられると、自らもそれに従い、拒むことなく静かに身を寄せる。
日中に漂わせている鼻を突くような香水の香りとは違い、今の彼からは私と同じボディソープの香りが放たれている。
それでも微かに残る煙草の香りが、彼という存在をより一層鮮明にした。
彼の腕の中から少し見上げ、またも眉間に皺を刻んで瞳を閉じた彼に問いかける。
「阿久津さん?」
「なんだよ……」
「私のこと好き?」
「──あぁ」
寝起きのハッキリしない意識の彼に、こんなことを訊くのはズルいと分かっているが、こうでもしないと彼からの好意を確かめる術は他に思いつかない。
きっと彼は私の言ったことをよく理解していないまま、適当にその場を取り繕う返事をしただけだろう。
けれど、それでも嬉しかった。
普段、言葉では決して伝えられることのない彼の気持ちを、仮であっても彼の口から聴けることが嬉しかった。
きっと今まで沢山の女性と関係を持ってきたであろう彼が。もしかしたら今も私の知らないところで関係を持っているかもしれない彼が。私に好意を抱いていると──
例え、それが上辺だけの言葉であっても嬉しかった。
そして今、彼の腕の中で、彼の温もりを、彼の鼓動を感じることができているのが、他の誰でもなく私であることが嬉しかった。
ただ身勝手に高鳴る鼓動のまま「私も」と小さく呟けば、彼は微かにフッと笑い、私を包み込む腕に力を込めた気がした。
その行動にどういう想いが込められているかは、私に知る術は無い。