Spring Day

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魔法の言葉

株主総会が終わり、先程まで怒号が飛び交っていた会議室で黙々と片付けをしている私は、自責の念と後悔に苛まれている。

               

鎌滝さんの代わりに、今回初めて株主総会に参加をしたのは良いものの、あんなにも株主の人達が憤りを見せるなんて全く思ってもみなかった。そこをいかにスマートに鎮めるかのサポートをするのが私の役目だったというのに。

株主総会が始まる前、鎌滝さんの代わりが務まるかどうか不安で押し潰されそうな私に、社長の彼は「いざとなったら俺が土下座するからよ!」と言ってくれていたが、まさか本当に社長自ら土下座をさせてしまうなんて。あぁ、なんて私は不甲斐ないのだろうか。

               

それに加え、社長に後片付けまでさせているなんて、ここにいるのが私じゃなくて鎌滝さんなら、こんな状況にはなっていなかっただろう。

書類をまとめて長机にコンコンと叩きつける音が、会話ひとつない会議室に響いて、いやに気まずい。

               

きっとこの感覚は、先程まで地に額を押し付けていた彼も同じはずだ。会話をするにも適度な話題が見つからないが、ここはやはり、彼に土下座をさせてしまったことを謝罪しよう。

               

「あの……春日社長」

               

「おう、どうした?」

               

「その、先程はすみませんでした」

               

書類の束をギュッと握り締めながら勢いよく頭を下げると、彼からは困惑の声が発せられた。

               

「俺ぁ、なまえちゃんに謝られるようなことされてないぜ!?」

               

「いえ、あの、社長に土下座を……させてしまいましたので」

               

彼は私に気を遣っているに違いない。

一介の社員である私を『なまえちゃん』と、ちゃん付けで呼ぶところもそうだ。初めてまともに話をした時から、そう親しげに呼んでくれて、上下関係を気にさせまいとする社長なりの気遣いだ。

けれど、その気遣いでさえも、今の私には胸をきつく締め付ける手段になってしまう。

               

不安げに顔を上げると、彼は「あぁ」と私が謝った理由に納得したように眉を上げた。

               

「そんなこと気にすんなよ。俺だってなにも気にしてないぜ?」

               

「しかし、この場に居るのが私でなく、鎌滝さんだったらきっとこのようなことには」

               

私がそう口にすると、彼はポカンと静止したと思えばフッと口角を上げた。

               

「いや、えりちゃんが居ても変わんねえと思うけどな」

               

「え?」

               

「言わなかったか? 毎回のように土下座してるって」

「自慢じゃねえけどよ、俺の必殺技みたいなもんなんだよ」

               

「頭下げるとみんな落ち着くからよ」と、自虐気味に眉を下げて笑う彼に、今度は私がポカンとする番だった。

たしかに「土下座するからよ」と言われていたけれど、まさか事実を言っていたなんて誰が思うだろうか。

困惑と、相も変わらず私を支配する負い目に眉根を寄せて顔を曇らせていると、彼が唐突に「なぁ、一番製菓のキャッチコピー覚えてるか?」と私に問いかけた。

               

「笑顔が一番……ですか?」

               

「おう! だから、そんな暗い顔しないでくれよ。な?」

               

彼は私を案ずるように、けれどその配慮に気負いさせないようにと優しく目を細めた。

しかし、暗い表情を浮かべないようにしたいのは私も山々だが、私の表情筋はそう器用ではないようだ。励まされてもなお、曇った表情を浮かべている私を見かねた彼は、おもむろに傍へとやってきたと思えば、

               

「ほら、笑顔が一番!」

               

と、伏し目がちな私の顔を覗き込み、優しいけれど少しだけ力強い声色でニッと笑みを浮かべて言った。

互いの距離の近さにドキリと心臓が飛び上がりながらも、彼の柔らかくて嫌味のない笑顔につられて、つい笑みをこぼす。

そんな私の顔を見た彼は満足気に頷いた。

               

「やっぱりなまえちゃんは笑ってる方が可愛いぜ!」

               

「へっ!? あ、ありがとう……ございます」

               

本当に彼は尊敬するべき社長だ。人の上に立つ人間であるにも関わらず、下の者にそんなお世辞を言えるなんて。気遣いができるなんて──

そう。ただの気遣いなのに、じわじわと顔が赤くなり、ドキドキと胸が高鳴って不純な気持ちを抱きかけてしまっている私は、やはり鎌滝さんの代わりは務まらないのかもしれない。


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