Spring Day

Spring Day



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稲妻で呼ぶ

「海藤さん、もしかして雷鳴ってる?」

               

「あー?……遠くで鳴ってんのかもな」

               

事務所のソファで寛ぐ海藤さんの返事を聞いて、デスクから外へと目をやれば、窓から射し込んでいた光は徐々に消え、神室町の空は黒い雲に覆われながら低い唸り声を上げていた。

               

今にも降り出しそうな空を眺めていると、遥か遠くでは黒雲に紫白の稲妻が走る。

そんな悪天候を目にし、俺の無意識に強ばった表情を見て海藤さんが言った。「なんだ?ター坊。雷、怖いのかよ?」

               

「いや、俺じゃなくて──」

               

「あぁ、 なまえちゃんか」

               

瞬時に俺の考えを察した海藤さんに「うん」と返事をすると、眉を上げつつ「彼女の心配とはご苦労なこった」と返ってきた。

               

彼女は幼い頃から雷が苦手らしい。

いつも雷が鳴り出すと、申し訳なさそうに俺の傍へと近寄ってくる。

たしか今日は仕事が休みで、出かける用事もないと言っていた。

きっと今頃、1人で心細い思いをしているかもしれない。

不安な思いをしているかもしれない。

できることなら今すぐにでも彼女の元へ駆けつけたい。

               

彼女のことを想ってため息をひとつこぼしながら、ギィッと背もたれへ身体を預けた時、

               

「なぁ、ター坊」

               

「なに?」

               

「今日はもう帰っていいぜ」

               

「けど、依頼人が来るかもしれないし……」

               

「何だ?ベテラン調査員の俺を信用できないってかぁ?」

               

片眉を上げてニヤリと白い歯を見せる海藤さんに、ついフッと笑みがこぼれる。

               

「──ありがとう海藤さん。お礼は今度必ずするから」

               

海藤さんは「おうよ」と、したり顔で応えてくれた。

今回ばかりは好意に甘えさせてもらおう。

「じゃあ、頼んだよ」と一言声をかけて足早に事務所を後にした。

               

───────────────

               

マンションの玄関扉をガチャりと開けると、シンと静まり返った廊下には薄暗い闇が伸びていた。

それは、雷が鳴ると決まって家中の電気を消す彼女が、今回もひとり怯えているという十分な証拠だ。

急いでリビングまで進むが、そこに彼女の姿は見当たらない。

               

なまえちゃん?」

               

窓にバチバチと吹き曝す雨の音と地響きにも近い雷の音が満ちる部屋で彼女の名前を呼んでみる。

すると、「八神……さん?」と小さく掠れた声が部屋に響いた。

               

声のした方へと目を向けると、ソファの影からブランケットを頭に被った彼女がひょこりと顔を出した。

きっと、今すぐにでも俺の傍に駆け寄りたいはずなのに、彼女は「八神さん、仕事のはずじゃ……?」と俺の心配をするばかりだった。

               

「海藤さんが帰してくれたよ」

               

「も……もしかして、私のせいですか?」

               

「違うよ。俺がそうしたかったから」

               

きっと気負いしてしまうであろう彼女の傍に腰を下ろし、気にしないでと言わんばかりに頭を軽く撫でる。

               

「大丈夫だった?」と訊けば、彼女は「はい」と恐怖心を押し殺したように眉を顰めて、微かに笑みを浮かべた。

けれど、どれだけ平静を装っていても、雷鳴が轟けばビクリと肩を震わせる。

こんなにも健気な彼女をこれ以上不安にさせたくない。堪らず背中へと腕を回した。

               

「雷、怖かったでしょ?」

               

「……ちょっとだけ」

               

「ごめん、すぐ来てあげられなくて」

               

「ううん、来てくれただけで嬉しいです」

「それに──八神さんが居るから、もう大丈夫」

               

俺の腕の中でポツリとこぼされた一言が胸を突く。

               

(不意打ちはズルいな……)

               

ひとり静かに胸を締め付けられていると、外はさっきまでの雷雨が嘘だったかのように晴れ渡り、ベランダへと繋がる大きな窓から射し込んだ太陽の光が俺と彼女を照らした。

               

「あ、八神さん。晴れてきました」

               

「……うん」

               

けれど、今は彼女の愛らしさにじわりと心が温かくなって、ただ抱きしめることしかできない。

               

「八神さん?」

               

「もうちょっとだけ、このままでいい?」

               

ほんの少しの沈黙の後、「はい」と身を委ねてくれた彼女を抱きしめる腕にギュウっと力を込めれば、部屋に浮かび上がった影はたった1つだけだった。

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