Spring Day

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春日の龍魚を見る話

龍魚が見たい。

               

私の彼『春日一番』の背中には、龍魚の刺青が入っている。

               

見せて、と頼めばきっと彼は快く見せてくれるだろう。しかし、わざわざそれだけのために服を脱いでもらうのは申し訳ない。

恋人同士、もちろん一夜を過ごすこともある。必然的に服を脱ぐのだ。その時に見れると思っていたが、全くそれどころではなかった。

その後、いつも上の服を着ないまま眠る彼は、どれだけ疲れ果てている時でも、必ず私の方へと顔を向けて眠ってくれた。今まではそんな彼の優しさが嬉しかったが、龍魚を見たいと思ってからは、むしろ背中を向けて眠ってほしいと、ひとり願う。

               

(これだけ見るチャンスがないとなると、一番のお風呂上がりに脱衣所に突撃するしかないんじゃ?)

               

他にチャンスがあるか?と考えるが思い当たらない。それにちょうど彼はお風呂に入っている。思い立ったが吉日。

               

(よし!一番がお風呂から出たら、脱衣所に突撃しよう!)

               

ひとり静かに心を決めて待つこと数分、浴室と脱衣所の間にある扉の開閉音が聴こえた。

さすがにあがりたてのびしょ濡れのところに入っていくのは居た堪れないので、せめて下の着替えが済むまでは……と、しばらく待ってから心を躍らせ、脱衣所の扉をコンコンコンとノックする。

               

「一番、入るね?」

               

中にいる彼の返事を待たずに扉を開けると、湯けむりの中には上裸の彼が頭にタオルをかけて立っていた。

               

「うお!?どうしたんだ、なまえちゃん」

               

いきなり現れた私に彼は驚いていた。しかし、一刻も早く龍魚が見たくて堪らない私にとっては、説明する時間さえも惜しい。

               

「ごめん、一番。ちょっと背中向けてもらっていい?」

               

「せ、背中か?」

               

私の意図を汲み取れていないであろう彼は戸惑いながらも、私に背中を向けてくれた。

彼の大きな背中には、私が何度も見たいと願っていた龍魚がいた。

               

(これが、龍魚……!)

               

まるで生きているかのように彼の背中に居たのは、龍魚というだけあってまさしく龍と魚が混ざった生き物だった。

しかしそこに異様さは無く、彼の背中から今にも天を目指し登って行きそうな様子に、感動して胸が締め付けられた。

               

(綺麗……絵画みたい)

(こんなに刺青をじっくりと見るのは初めてだけど、すごく細かい)

               

あまりの美しさについ手を伸ばし、龍魚の髭を人差し指でスーッとなぞる。彼の肩がピクリと震えたが、目の前の龍魚に夢中になっていた私は気が付かなかった。

               

(筋肉の凹凸のところとかも、どうやって入れるんだろう)

               

今度は肩甲骨辺りをペタペタと触る。筋肉同士の少しの隙間にさえも見事に刺青が入っているのを確認し、うーん、と唸りながら彫り師への尊敬の念を抱く。

               

「あの……なまえちゃん?これは一体何をされてんだ?」

               

彼がさすがに痺れを切らしたのか、問いかけてきた。

刺青に夢中になりすぎて、すっかり説明をするのを忘れていた。

               

「あ、ごめんね。一番の刺青ってちゃんと見たことないなと思って」

               

このまま龍魚鑑賞をしていると、せっかくお風呂で温まった彼が湯冷めをしてしまう。最後に少しだけ、ともう一度龍魚を目に焼き付けてから、彼の背中を軽く叩き、

               

「うん、満足した!ありがとう!」

               

ホクホクとした気持ちで脱衣所から出ていこうと彼に背を向けた途端、包み込まれるように抱きしめられた。

               

「うわっ!どうしたの一番!?」

               

彼が頭に掛けていたはずのタオルがスルリと目の前を通り、足元へと落ちていく。しかし、彼はそんなことには目もくれず、タオルを拾おうとする気配もない。

               

「じっくり見たんだから見物料、払ってもらわねぇといけないな?」

               

「う、うん?」

               

お風呂上がりの彼の少し柔らかくなった指先が、私の首筋を滑る。ゾクゾクと肌の下が震える感覚に自然と鼓動が速くなる。

               

「彼女に身体触られてどうにかならないほど、俺もガキじゃねえんだ」

「俺の龍魚、高くつくぜ?」

               

耳元で囁かれた途端、瞳孔が開いたのが自分でも分かった。湯けむりが照明で照らされていただけの脱衣所で、目の前がチカチカと光る。

高揚し身体に帯びた熱は、抱きしめる彼からの熱なのか、それとも私が発する熱なのか。龍魚を見るだけでこんなにも代償が大きいのなら、もう龍魚を見たいなんて言わない。そう、ひとり心に決めた。


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