鏡を覗き込み、ピアスを着けようとするが、これがなかなか着けれない。普段つけっぱなしにしているピアスを定期的に掃除するために外すが、いつもその後が苦労する。ピアスホールに通す軸の部分。ポストが真っ直ぐなものであれば、スッと着けられるのだが、私が着けているものはポストも湾曲したフープ型のピアス。表側からピアスホールにポストを差し込んだ後、裏側のピアスホールを見つけるのに少しばかりコツがいる。
(穴を探すのが地味に痛いんだよなぁ)
裏側のピアスホールを探すため、微かな痛みに耐えながら耳朶の中でポストを左右上下に動かしていると、
「お前、またやってんのか」
煙草の煙に巻かれ、呆れた顔で鏡に映り込んだのは『東 徹』 ピアスを着ける度に、鏡の前でにらめっこしている私を見兼ねて来てくれたのだろう。
「東さぁん!全然着けれないです!」
普段人を近付けまいという雰囲気を出している彼だが、瞳を潤ませて情に訴えかけるように言えば、文句を言いながらも手伝ってくれる。彼、本来の性格とも言える、優しさにつけ込むようで気が引けるが、つい甘えてしまうのもその優しさ故なのだ。
「……ったく、貸してみろ」
そう言って彼はまだ吸いかけの煙草を灰皿にギュッと押し付け、私の手からピアスを受け取ると、プツリとピアスホールに差し込んだ。彼のさわさわと耳朶を触る指先と、微かにかかる息がくすぐったい。不思議とほんの少し情欲が刺激され、ドクンドクンと鼓動が早くなる。その鼓動に合わせて全身がカッと熱くなるような感覚に襲われた。
(耳、赤くなってないかな……)
ただピアスを着けてもらっているだけにも関わらず、耳を赤くしていては『なに、赤くなってんだ』と彼に呆れられてしまうかもしれない。そんな不安に駆られていると、
「ほらよ」
パチッとした音が鼓膜を揺らすと共に、耳から彼の手が離れていく。鏡を覗き込んで確認すると、いつも通りピアスが静かに揺れていた。そして先程まで彼の手が添えられていた私の耳は薄いピンク色に染まっていた。
「わ、わぁ!ありがとうございます!さっすが東さん!頼りになるぅ!」
もしかして、耳が赤くなってたの気づかれてたかも? と焦る気持ちを誤魔化すように彼を褒めちぎる。
「お前なぁ…… そろそろ自分で着けれるようになれよ」
「それか、毎回こんなに着けるの手こずんなら、俺と同じやつにでもしとけ」
はぁ、とため息をこぼしながら、新しい煙草の先端に火を灯し、小さく呟く彼の言葉に耳を疑う。
「え?俺と同じやつ?」
「あ?」
煙草の煙が舞い上がる空中を少し見つめた彼が、「やべ……」と小さな声で呟いたのを、私は聞き逃さなかった。
「そ、それって!東さんとお揃いにしていいってことですか!?」
「あぁ!?そんなこと言ってねぇだろ!」
俺のと同じ、ポストが真っ直ぐなやつにしとけって意味だよ! としかめっ面で吐き捨てる彼の耳は私と同じ、ピンク色に染っていた。
「え〜?じゃあさっき、やべ……って言ったのはどういうことなんですか?」
「う、うるっせえ!」
フン……と煙草を銜えながらそっぽを向いた彼の耳は、気が付けばピンク色から赤色へと染まっていた。そんな彼のピアスを見て、手始めに私ももうひとつピアスホールを開けてようか? とひとり静かに策した。