【龍】と【骸】と【呪術師】と

のらりくらりと旅をしようか。北へ南へ西へ東へ。この日の本の大地を踏みしめ、思い思いの気持ちを持ってさぁさ歩け足踏み進め。我等の邪魔する者には制裁を加えん。さぁさ歩こうか。


のらりくらりの旅をして何年になるだろうか。異国からやってきた彼女達は行く宛もなくブラブラと日の本の土地を歩いていた。
桃の髪をなびかせ優雅に歩く少女と白銀の髪で顔半分覆った青年の奇妙な二人旅。髪質から人目を引くために、深く被った笠を青年がずらした。

「あとどれくらい?」

青年の眉が皺を作る。傘をずらして見上げた空は何処までも真っ青だった。周りは田畑もなく、ただ所々に雑草が伸びる砂利道だった。立ち止まった青年の横をするりと桃色の髪をした少女が通り去っていく。

「さあ、私にもわかりませんよ」

次の場所は一体何処にあるのやら。のんびりゆっくり歩いていこうではないかと、少女は笑った。そんな彼女に青年は肩をすくめて後を追いかける。
鳶の鳴く声を聞きながら、ざっざっと砂利道を進んでいく。穏やかな空気が二人の周りを取り囲んでいた。
少女が新鮮な空気を吸い込んでほぅ、と息をついた時であった。

「待ちな」

唐突に現れた者達が、二人を囲った。身なりはお世辞にも綺麗とは言い難い、もしろ野蛮な格好だなと少女は思う。まったく手入れのされていない頭に、ボロボロの服。それに手にした武器を見て嗚呼、山賊かと何処か他人事のように思った。
山賊はざっと見て二十人ほど。そのうち何人かは大きな荷物の乗った手押し車を守るかのように立っている。なるほど、近くで盗みなりしてきたのか。と、言う事は。

「この近くに村があるみたいですね」
「そうだな。あの荷物が何よりの証だ」

多すぎる荷物は、旅ゆく商人たちから巻き上げたには少なすぎるし、彼女達のような旅人から巻き上げたには多すぎる。可もなく不可もないその量は、きっと近くの村などから奪ってきたのだろう。

「あら?」

荷物に埋もれた青を見つけた。最初は糸か何かと思ったがどうやらそれは人の髪のようだ。なんだろうと首を傾げたところで山賊たちのつばが飛んできた。

「旅人だな?金目のモン寄越しな」
「なんとまぁお約束なお言葉で」
「あぁ!?なんか言ったかてめぇ!」
「いーえー、なにもー」

明らかにわざとな良いざまである。そんな青年にため息をついて少女は山賊に向き合った。

「お金になるものはありません。通してください」
「おぉ?何だてめぇ等異人か。しかも中々に良い顔じゃねぇか」

笠の中をのぞき込んできた山賊に、少女は眉をひそめた。山賊はまるで品定めするかのように二人を舐め見る。気持ち悪い。率直な感想はそれだ。
がっ、と山賊の一人が少女の腕を捉えた。力強く引き寄せられた拍子に笠が落ち、彼女の桃色の髪があらわになった。
少女は慌てるまでもなく、ただ痛みからか目を歪ませるだけだった。青年が知らねぇぞと小さくつぶやいたが、それは誰の耳にも届かなかった。

「へぇ、なかなかのべっぴんさんだ。今夜の相手はこの子にお願いしようかね」

下卑た笑いをその場に響かせる山賊達。少女はその場を鎮めるが如く、凛とした声を張り上げた。

「痛いです。離してください」
「やだね」
「最後の警告ですよ。離しなさい」

なんの力も無い少女の言葉。山賊達は笑うだけだった。こんな少女に何ができる、何も出来はしない。笑い声で気が付かなかった。少女が何かを唱えたことに。

「……え?」

少女を捕らえていた山賊の腕が、肘から下無くなっていた。血も出ることはない、ぽっかりと、無くなっていたのだ。
混乱と困惑と良いしれぬ恐怖が山賊を襲った。もう片方の手で捕らえた少女なゆっくりとこちらを振り返った。はっとなり無くなっていた自分の腕を見る。あった。なくなったと思った肘から下が、そこにはちゃんとあったのだ。
一体何だったんだと混乱している男の頭に、少女の声が響いた。

「最後の警告って、言いましたよね?」

ズドォォオン

凄まじい音とともにその場が揺れた。なんだと慌てふためき始めた山賊達は、空を見上げて息をするのを忘れた。長く伸びた黒い影。そして、巨大な骸骨がそこに居たのだ。
ひっ、誰かが声を鳴らした。巨大な骸骨はまるで意思を持っているかのごとく、その腕を振り上げて地面に叩き落とした。途端、地面が揺れて山賊たちはパタリと転んでいく。すぐさま立ち上がって、骸骨に震える腕で刀を構えた。

「な、なんなんだよこいつ!?」
「どっから現れやがった!?」
「彼は妖ですよ」

捕らえられていた少女がくすりと笑って言った。少女の拘束は解けていて、先程まで少女を捕らえていた男は地面に突っ伏して気絶している。何が起こっているのだと、山賊たちは必死に理解しようとしていた。

「妖だと!?」
「そう、妖がしゃどくろ」

戦が起こった場所に度々現れ、そこで死んでいった者達の魂を食らう巨大な骸の妖。それが、先ほどの青年の正体であった。

「改めて紹介しますね。彼はがしゃどくろの高継くんです」

返事をするかのようにがしゃどくろの高継が手を上げた。
巨大な骸を相手にするよりも、小柄な女を相手にした方がいい。数人の山賊が、一斉に少女に襲いかかった。少女は逃げるでもなく、ただニコリと微笑んだ。

「!?」

途端、山賊たちは何かに弾き飛ばされた。中には血を流している者もいる。見ていた者達が唖然と口を開く間、弾き飛ばされた者達はやがて気を失った。
一人が少女に怒鳴り声を上げる。

「てめえも妖だってのか!」
「あら、違いますよ。私はーー」

少女がひゅっと何かを取り出した。それはなにか文字が書かれた札。その札の文字が何を表しているかなど、その場にいる誰にもわからなかった。
少女が札を手放すと、それは重力に逆らいその場に浮遊した。少女の周りをゆらゆら彷徨うそれは、少女が印を結んだ途端動きを変えた。陣を結び禍々しい紫に包まれたかと思うと、山賊たちに向かって勢い良く飛んでいった。紫の炎に触れて、どさどさと気絶していく仲間を山賊たちは怯えた表情で見つめた。
私は、少女は続ける。

「ーーただの呪術師です」

ニコリと笑った彼女はもはや、少女の笑みをしてはいなかった。





倒れ伏した男たちを見て、少女はふぅと息をついた。少女の後ろに髪をかきながら苦笑を零す高継が、落ちていた笠を取った。ついた砂埃をぽんぽんと叩いて落とす。『やりすぎたかな』と穴だらけになった地面に目を向ければ、少女は『あら、大丈夫ですよ』と根拠のない回答を返した。きっと大丈夫などではないのだろうが、言い返すと後が怖いために何も言わないでおく。

「あれ、ダイアナ。どうしたんだ?」

穴だらけの地面を軽々と飛んでいきながら、少女ーーダイアナは山賊が守っていた荷車に近づいていた。山賊が盗んだ物を頂戴するほど、金には困っていない。放っておけばいいだろうと言葉にせず伝えると、ダイアナはこちらを振り向きちょいちょいと手を振った。招くようなその手の振り方に、高継は頭に疑問符を浮かべながら近づいていく。
荷車をのぞき込んだところで、『あ』と声が漏れた。
多くの荷物に囲まれた中、青色が倒れていた。正確には青い髪の青年だ。腕は縄で後ろ手に縛られており、足にも縄できつく縛りあげられていた。口には猿轡を噛まされ、『うー、うー!』と何やら呻いている。キツイ赤の双眸の瞳で、ダイアナと高継を睨んでいた。なかなかの眼力だがしかし、二人は気にすることなく青年を見つめた。

「誰だ、こいつ」

高継の質問に、ダイアナがサラリと答えた。

「龍家の人間ですね」

びくり、青年の肩が震えた。それを気にすることもなく、ダイアナは続ける。

「着物の装飾に龍が施されていますし、まず間違いはないと思います。髪の色と瞳の色を見る限り、青龍の宗家の方だと思います」

ばしばしと物を言っていくダイアナに、青年は精一杯の警戒心を込めて睨みつける。自分の身元がいとも簡単にバレてしまったからか、かすかに震えていた。
龍家は龍に仕える一族だと言われている。一族は大きく分けて四つに別れていた。
朱色の龍に仕えし一族を朱龍。
白色の龍に仕えし一族を白龍。
黒煙の龍に仕えし一族を黒龍。
そして、青陵の龍に仕えし一族を青龍といった。
一族はそれぞれの髪色をしているという。そして、何か一つが秀でた者達だと言われていた。深い渓谷や森の中でひっそりと暮らしているために、滅多に人里には降りてこない。そのためか、彼らは裏で高く売れると、山賊を始めとした賊たちに狙われることが多かった。だから一人で出歩かないと思っていたのだがーー

「青龍の里はここから東にずっと行ったところです。どうして青龍の宗家の方がこんな所に?」

問うてもかえってくるのはうめき声だった。『あ。そうでしたね』とダイアナが小さく呟き、懐から小刀を取り出して縄を切ってやった。ついでに猿轡を外してやると、青年は飛び上がるかのようにダイアナ達から距離をとった。睨みつけてくる青年に、高継が両手を広げる。

「何もしねぇって」
「妖の言うことなんか信じられるかよ」
「なら私の言うことは信じられますか?」
「呪術師の言うことも信用できない」
「あら残念」

クスリと笑った少女に、青年の眉が寄せられる。警戒心を体中から発する青年にダイアナは成るべく優しい声を出した。

「青龍さんは何故こんなところに?」
「青龍って…呼ぶな」

声が一段階下がったのがわかった。『おや?』と二人は顔を見合わせる。ならば名前を教えてくれと、ダイアナは青年を見やった。

「…伽…北」
「伽北くんですね。私はダイアナといいます。彼は高継くん」

ニコニコと笑いながら言えば、幾分か警戒心が和らいだのか、青年が距離を詰めてきた。と言ってもまだ遠いのだが。
気にかけず、高継が声を出す。

「なぁ、なんで伽北はこんなところにいるんだ?」
「…逃げてきた」
「逃げてきた?」

あぁ、と伽北が頷いた。

「里が襲われたんだ」

彼が言うにこうだった。
里に突然、陰陽師達が押し寄せてきたのだという。何故、里の場所がバレたのかも、何故陰陽師が青龍の里を襲うのかも何もわからない。嵐の様に現れた陰陽師達は皆、青龍達を殺していったという。残った数名は里を出て逃げ出した。
そのうちの一人が伽北だという訳だ。

「何でまた陰陽師が」

高継の質問に、伽北は首を振ることしかできない。わからないのだ。それがあまりにも突然過ぎて。
青龍を始めとする四龍の一族は、神に等しい龍に仕える。そんな彼らを攻撃する事、それは即ち神にあだなすということになる。

「神を手に入れる為でしょうね」

サラリと言ったダイアナの方に、二人が視線を向けた。眉間に眉を寄せて心底嫌そうな顔をする彼女を見たのは、長年ともにいる高継でも初めての事だった。
ダイアナの言葉に、伽北がどういうことだと食い下がった。

「恐らく、伽北さん達を襲ったのはお上の専属陰陽師達でしょう。彼等はお上の命ならば何だってします。どこまでも貪欲なお上が考えることです。神の力を手に入れてこの世をもっと支配しようとしたのでしょう」


バカの考えることです、と鼻で笑ったダイアナに、高継は盛大なため息をついた。誰かに聞かれていたらどうする気だ、この少女は。下手をすればその陰陽師達に襲われるやもしれないというのに。高継の視線に気がついたのだろう。ダイアナがちらりとこちらを向いてそして笑った。『あなたが守ってくれるでしょう』と目が語っている。

ーーまぁそんなんだけど

小さく肩をすくめてみせる。
『それで?』ダイアナが続けた。

「あなたはこれからどうするんですか?伽北くん」

突然話を振られ、伽北の肩が揺れた。ダイアナは血のような真っ赤な瞳を龍家の人間に向ける。

「あなたさえ良ければ、あなたの復讐にお付き合いしますよ」
「復讐?」
「陰陽師達に、復讐する気でしょう?」

図星だったのか。伽北は視線を下に向けた。迷っているのだろうか。握られた拳が震えている。

「彼らはあなたが思っているよりも遥かに強いです。はっきり言って、あなた一人では死にに行くのと一緒。でも、私達なら、あなたを強くできる」

追い打ちを掛けるようにダイアナが言った。まるで彼を仲間に引き入れんとする彼女の言動に、高継は疑問を隠せない。彼女はのらりくらりと生きることが好きだったはずだ。それが、彼女の中に流れる血がなせるものなのだと思う。すっかり薄れてしまったその血は、しかし、根強く彼女の中で生きているのだ。その血は、何かに縛られることを嫌うはずだった。
高継の視線に気がついているはずなのに、ダイアナは気が付かないふりをしている。一体彼女は何を考えているのだろうか。

「俺は…」

伽北が声を出した。
すっとダイアナから視線を外して伽北を見やる。握った拳は未だ震えていた。だが、顔を上げた彼の赤い瞳は決意の色で満たされ動かない。真っ直ぐにダイアナを見つめた。

「俺は、あいつらに復讐したい」

そのために強くなりたい。あんな山賊達に負けるような俺では、あいつ等には敵わない。強くなりたい。強く、強くなって、あいつ等に復讐したい。

「あんたらと行ったら、俺は、強くなれるのか」
「あなたの努力次第ですよ」

にっこりと屈託のない笑顔を零した少女に、青年は強く頷いた。

かくして、妖の青年と呪術師の少女、そして龍の青年の旅が始まった。


「どーゆーつもりだよ、ダイアナ。あんなガキ拾ってさ」
「別にーーただの暇潰しですよ」

見下ろした少女の笑顔は、かつての総大将を思い浮かべるような、そんな悪戯な微笑みだった。






ーーのらりくらりと旅をしようか。北へ南へ西へ東へ。この日の本の大地を踏みしめ、思い思いの気持ちを持ってさぁさ歩け足踏み進め。我等の邪魔する者には制裁を加えん。彼者の願いを叶えん為に。さぁさ、歩め大地を踏みしめ。


「愉しい復讐劇の始まり始まり」





(奇妙な一行、大地を踏む)



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