すべての元凶は私だった。
あの日から、この戦争が起こることは決まっていたのだ。
私が生まれたから、悲しみが起こり、憎しみが起こり、また、悲しみが起こる。
負の連鎖は続いていく。誰かが止めるまで、それは永遠に。

「ーーーー」

ポツリと漏れた言葉は、火の海へと消えていった。




△▼△▼△▼△▼△


それは立て続けに起こった。
エレオノーレが亡くなった日、少尉高継が何者かに襲われる。幸い、偶然その場に居合わせた中佐竜錠のお陰でことは丸く収まった。かに見えた。すぐに次が起こった。竜錠が姿を消したのだ。誰に言うまでもなく、忽然と。支部長室へと報告に行ったきり、戻ってくるとこはなかった。
もちろん支部長を問い詰めた。ディルが直接部屋へと赴き、支部長に問を投げかける。が、彼はにやりと油の乗った顔でただただ『わからない』と言うのであった。
揺れる軍内部に、続いてやってきた情報が『海賊を捕らえた』であった。




捕らえた海賊は、青い髪を垂らしてただただこちらを見据えていた。椅子に座らせ、両手両足を拘束された彼がいる部屋は、所謂拷問室だ。
捕虜から情報を聞き出すこの部屋で行われることなどただ一つ。拷問だけだ。
ハルトマンが持っていた刀を男の頬にあてがった。

「クリーミネ海賊団、副船長。霧牙であってるよね?」
「ご名答」

ニヤリと笑った霧牙に、ハルトマンの刀がブツリと突き刺さった。痛みに眉を歪めるも、声をだそうとはしない。頬から流れる赤い血が、彼の白い肌を滑り降りていった。薄暗いこの部屋で、この赤はとても綺麗に映るなとハルトマンは心の隅で思った。

「それで、君達の船の在り処を知りたいんだけど」
「パンツ見せてくれたら教えるよ」

軽口を叩いてみせた男の腹に膝蹴りを食らわせた。激しく咳き込んだ霧牙を見て、ハルトマンはどこか恍惚とした表情を見せる。刀を使って、顎を上げさせた。

「立場わかってるのかな?このまま全部切り裂いて君たちが大好きな海に捨ててやろうか?」
「それじゃあ拷問とは言えませんわよ」

ボソリと後ろから聞こえたセリフに、ハルトマンは小さく舌打ちを打った。睨みつけるかのごとくこちらを振り向いた男に、ノクティは静かに笑ってみせる。ハルトマンはこの女が苦手だった。何もかも見透かしたような瞳に、数年前から変わらないその姿。異様な雰囲気が、彼女の周りにいつも漂っている。
ノクティがゆっくりとハルトマンに近づく。

「死人に口なしと言うでしょう?殺してしまっては拷問の意味もなくなりますわ」
「言われずともわかってるよ、中佐殿」

精一杯の嫌味を込めて言ってやっても、彼女はまたハルトマンが苦手な笑顔をこぼすだけだった。
彼女が来たということは、彼女と拷問役を代われということだろう。自分は痛めつける拷問が好きだ。だが彼女は痛めつける拷問ではなく、精神をえぐる拷問を得意としていた。目の前の捕虜は海賊で、痛みによる拷問などに慣れているだろうと判断したからか。
ハルトマンは何も言わず、霧牙をノクティに譲った。渋々といった彼の表情を見て、ノクティはくすりと笑った。

「あなた、捕まってから何日経ったか覚えていらっしゃるかしら?」
「さぁ。大体一週間くらいかな」
「10日は過ぎますわ」
「そんなに経ったの?時間が流れるのは早いね」
「そうですわね。ところで…あなたのお仲間は一向に助けに来る気配がありませんわね」

冷ややかな笑みを見せながら、ノクティは言った。霧牙がぴくりと片眉を上げたのを彼女は見逃さなかった。すぐさま、次の言葉を繰り出す。

「10日も仲間が捕まっているのに、助けに来ないなんて酷いですわね」

仲間はあなたを見捨てたのでは?あなたが邪魔になったのでは?思い出してくださいませ。あなたは本当に、本当に彼らの役に立っていた?もしかしたら、彼らはあなたの存在を疎ましく思っていたかもしれませんわよ?
ねぇ、あなたは本当に

「ーーあの海賊船に必要な方だったのかしら?」

ぐるぐる、ゆっくりと霧牙の周りを回りながら、ノクティはまるで言い聞かせるかのように言葉を紡いでいく。彼女の言葉はストンストンと対象の心に落ちていく。そして完全に墜とすのだ。対象を“不安”という暗い暗い闇の中へと。
そして俯き動かなくなった男を見てノクティはほくそ笑んだ。彼もまた自分の言葉に墜ちた。そしてだんだんと深い闇の中へーー

「君も」

声を出した男を不信げに見やった。

ーーなぜ

なぜ目の前の男はこうも自信に溢れた真っ直ぐな目をこちらに向けるのか。なぜ、彼は墜ちないのか。

「君もそうだったのかい?」
「!」
「君も仲間が助けに来てくれなかったのかい?」

バシンッ!!
とっさに手が出ていた。男の頬を平手打ちしていた。
なぜこの男は墜ちない。何故こんなにも真っ直ぐな目をしていられる。なぜ?なぜなぜなぜなぜなぜ、どうして!!

ーー嗚呼、そうか

彼は仲間を信じているからか。
仲間を信じているから、こんなにも真っ直ぐな目をしていられるのか。仲間を思えるのか。だけど、それでも。

「っ…信じたところで、誰も来ませんわ。信じるところで無駄!誰も助けに来ない、誰も助けてくれない、裏切られるだけですわ!!」
「裏切られたのかい」

間髪問わず言葉を放った男がひどく憎たらしい。肩で息をして、ノクティは自分を落ち着かせようとした。小さく息をつき、瞳を閉じる。
うるさい、冷静を装って言い放った。

「信じていた人に、裏切られたのかい」

うるさい、少し語気を強める。

「誰にも助けられないで、裏切られて、辛い思いをしてきたのかい」
「うるさい!!」

らしくもなく声を張り上げた。後ろで見ていたハルトマンは驚きに目を見開く。いつも余裕ぶっていたあの女が、今は男の言葉に翻弄され、怒鳴り超えを上げたのだから。
暫時、沈黙が続いた。誰も声を出さない空間に先に折れたのはノクティだ。
ふっと踵を返して、ハルトマンに声をかける。

「後は頼みますわ」

そう一言残すと、ノクティはその場から立ち去っていった。消えた後ろ姿を眺め、ハルトマンは小さく笑った。

ーーなんだ、あの女でもあんな顔をするんだ

殺気に満ち溢れた彼女の表情は、新鮮なものだった。



(近づく真実)


血戦戦争8




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