男は以前、女に花を送ったとこがあった。女は花束を受取り、顔を沸騰させたかと思えば幸せそうな笑顔を作る。花を見て、男を見て、笑って礼を言った。男は顔が熱くなるのを感じた。そして、改めて思ったのだ。

この笑顔を守りたいと









高継が重傷を負った。意識不明だ。
その情報は一瞬で軍内部に広がった。
軍医であるアリシアは運び込まれた高継を見て苦虫を噛み潰したような表情をこぼした。高継の右肩から胸にかけてパックリと斬られた傷は、今も止めどなく血を流している。建が斬れていると一瞬でわかったのは、彼女の目が熟練された医者のものだからだろう。腹の傷は浅い。内臓を斬りつけられてはいない。だが肩の傷の出血量が激しい。ノクティと流紋があと少しでも到着するのが遅ければ、高継は完全に死んでいただろう。

「輸血の準備を!すぐに手術を始めます、急いで!」

部下に声を掛け、自らも長い白衣を翻した。手術室へと足を向けた時、後ろから聞こえた少女と青年の声に呼び止められた。
少女と青年ーーダイアナと伽北は目に涙をため、運ばれる高継の容体を問うてくる。彼らはいつも一緒だったなと頭の隅で、三人仲良く訓練していたことを思い出しアリシアはすっと目を細めた。二人の肩に手を置き、安心させるように微笑んでみせる。その優しげな瞳に、二人は心が落ち着くのがわかった。

「高継さんは必ず助けます」

『任せてください』
言葉とともにニコリと微笑み、アリシアは足早にその場を去った。手術室へと消えたアリシアを見送る。
ガクン。ダイアナの足から力が抜け落ちた。地面に座り込み、とうとう泣き出してしまった。そんな彼女の背中を伽北は優しく撫でる。大丈夫だ、あいつが死ぬわけ無いと言い聞かせた。それはダイアナに言っているつもりが、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。

ーー嗚呼、神様。お願いします。どうか彼を救ってください

心の中で少女は静かに居るかもわからない神に願った。









「人は、死ねばどこに向かうのだろうな」
「え?」

気高く、いつも背筋を伸ばして自分たちを導いてくれている女性の言葉に、クルトは思わず聞き返した。眉根を下げ、眼下の入江を見つめエレオノーレ准将は悲しげに笑った。

「死者は一体、どこに向かうのだろうかと考えていた」
「よして下さいよ、今から戦いに行くっていうのに」

『縁起が悪いですよ』なんて、笑って返す。それにエレオノーレはクスクスと笑った。よかった、いつもの彼女の笑みだ。
クルトは密かに安堵の息を漏らした。
クルト達は今、危険度最高ランクの任務についていた。相手は海賊“煌青”。海賊“黒海の鮫”の義理の父であり、なかなかに厄介な人物だ。
ついこの間、やっとのことで煌青の居場所を突き止めることができたのだ。その殲滅にクルトと、そしてエレオノーレ率いる軍人たちが選ばれた。
正直言って、クルトは今回の任務で死を覚悟している。シオンを置いて死ぬのは忍びない。だが、彼女も理解してくれるだろう。彼女はとても、強い女(ひと)だから。
相手は自分よりも戦闘なれした海賊たち。鮫や鯱、鯨ーー3強と呼ばれる彼らの先代達。どれだけ強いのかははっきり言ってわからない。がーー

「気づかれているな」

エレオノーレの言葉に、クルトは身を乗り出して眼下を見た。彼らがいる場所は入江近くに存在する丘だ。眼下には海賊達がいそいそと動いていた。何人かは船に残り、何やら話をしている。そのうちの一人。目立つオレンジの髪の男がこちらを見てニヤリと笑ったのだ。くるなら来いよ、そう言いたげに。

「奇襲は意味がなくなった。正面から奴らを殲滅する」

エレオノーレが振り返り、指示を待っていた部下たちに告げる。皆、一様に緊張した顔だ。そんな彼らに、エレオノーレは優しく微笑んだ。不安を払うかのようなその笑みは、部下たちの心を和ませた。

「これより先は戦場だ。私一人では荷が重い。お前たちの力を貸してくれ。私はお前達を全力で守る次第だ。お前たちも仲間を私を自分を全力で守ってくれ。いいな!」
「ハッ!!」

敬礼をして声を出す。見つかっているのだから出し惜しみなどしない。クルトも全身全霊で、エレオノーレの言葉に応えた。
エレオノーレが腰に指していた刀を引き抜く。高く掲げ、声を張り上げた。

「行くぞ!!!」

彼女の声を合図に、皆が勢い良く丘を滑り降りていった。









「おうおう、随分と若い姉ちゃんが指揮取ってるなぁ」

なだれ込んできた軍勢に、煌青は面白いといったふうに笑った。突然のことで慌て始めた若い部下たちに一喝入れてやる。古くからの乗組員たちは既に武器を手にし、軍人の群れに突っ込んでいた。

「おい野朗共。何慌ててんだ」
「船長…」
「嵐が来たんだぜ。てめぇの足で踏ん張って、生き抜いてみせろ。お前さんらにはその力があるんだろうが」

だからこそ俺の船に乗せてやってるんだ。だからこそ、こいつらは俺の部下なのだ。
若い乗組員は煌青の言葉に瞬時に応えた。武器を取り出し、戦闘態勢に入る。

「てめぇら、船に指一本触れさすんじゃねぇぞ」

ゴキゴキと首を鳴らしながら、煌青は荒れ狂う嵐の中へと足を進めた。船は若いものにまかせるとして、おじさんは年甲斐もなく暴れようかねと、軽い足取りで進んでいく。と、そこへ、

「おおっと」

突然の斬撃に、さして驚く様子を見せずに後ろに飛び退ける。攻撃してきたのはバンダナ姿の男だった。器用に二本の剣を振るってまた攻撃してくる。真っ赤な眼に真っ直ぐなその視線に、ふと息子の顔が浮かんだ。

ーーなかなか良い面構えだ

太刀筋も悪くない。的確に急所を狙ってくる所も気に入った。ひらりひらりと攻撃を躱して行く煌青に、クルトは苛つきを覚えた。なぜ当たらないのだと、太刀筋がどんどんぶれていく事にも気が付かない。一度大きく踏み込んだ。右手の剣を前に突き出す。切っ先は完全に、煌青の腹を狙った。

「!?」
「残念」

突きは物の見事に避けられ、腕を掴まれた。そしてクルトが反応するよりも早く、腹に強烈な膝蹴りを食らう。逆流して来た胃液を吐き出せば、口の中に酸っぱい味が広がった。続けて体が浮かんだかと思えば、背中から地面に叩きつけられた。背骨がぎしりと音を鳴らして、息が詰まる。腕がやっと開放されたが、それは力なく地面に落ちた。
海賊の男が残念そうな顔をして見下ろしてきた。

「がはっ…はっ………ぐ…」
「惜しいねぇ。あのまま焦らず的確に攻めてきてたらもっと気に入ったんだがな」

『まぁ所詮は場慣れしてないガキってことか』
屈辱的な言葉を浴びせられても、クルトは睨みつけることしかできなかった。思ったよりも腹への攻撃が強かったのか、未だ息が上手くできない。屈辱だ。こうも簡単に敗れてしまったことが。しかも素手の相手に。くそっと悪態を漏らした。

「じゃあま、さよならだ」

ガチャリと煌青が懐からピストルを取り出した。銃口を真っ直ぐに、クルトの頭へと向ける。何とか踏ん張って動こうとしたクルトだったが、痛めている腹を踏まれれば呆気なく地面に転がった。
止め金を引く音がする。嗚呼、自分はここで終わりなのかと、悔しさに涙が溢れそうになった。

ーーシオン、ごめんな

愛する女の笑顔を思い浮かべ、目を閉じる。やがて来るであろう衝撃に耐えるべく歯を食いしばった。男の声が聞こえた。来る。そう思った時だ。

「クルト!」

名を呼ばれ、我に返ったかのように目を開いた。視界の端で水色が舞ったかと思えば、腹にかかっていた重圧感が消えてなくなる。まるで自分を庇うかのように、水色の髪をした女が男の前に立っていた。見慣れた背中に、ぽろりと言葉が漏れる。

「エリーさん…」

愛称で呼べば、エレオノーレ准将はちらりとこちらを見て、そして優しく微笑んだ。体中至るところに切り傷を負っている。また一人で突っ走っていたのだろうか。

「ここからは私が引き受けよう」

片手に持っていた剣の切っ先を真っ直ぐに煌青へと向ける。とたん、男はにやりと笑った。エレオノーレをじいっと見つめ、顎に手を当てている。まるで品定めするかの様なその視線に、エレオノーレは眉間にシワが寄るのが自分でもわかった。

「何だ」
「D…、いや、Eか…?なかなか良いもん持ってるな」
「一体何の…」

煌青の言葉が一瞬理解できなかったエレオノーレだが、目の前の海賊が寄せる目線の先に気がついて、顔を一気に真っ赤にさせた。一度大きく剣を振り、視線を切り裂く。

「ななな!!!どっ、どこを見ているんだ貴様は!!!!」
「姉ちゃん、着痩せするタイプだろ。本当はもっと大きーー」
「やめろ!!!」

なんとも緊張感のない話だ。蚊帳の外であるクルトは呆れたような表情しかできない。そう言えば与えられた煌青の情報の中に『無類の女好き』という文字があったなと頭の隅で思った。
エレオノーレが顔を真っ赤にさせたまま、煌青に攻撃を仕掛けた。それはまっすぐな太刀筋で、速い。ひらりと躱されてしまったが、エレオノーレは気にする事なく体制を整えた。

「何だよ、ちょっと大きさ当てただけだろうが」
「貴様の中にデリカシーという言葉はないのか!!!」
「ねぇな」
「即答!?」

自信満々に言ってのけた男に、エレオノーレは頭を抱えた。
だめだ、落ち着け私!まんまとヤツのペースに乗せられているぞ!
自分に言い聞かせ、また剣を構える。煌青はエレオノーレから感じられる何かに気づき、おっと、と額に汗を滲ませた。

ーーこの女強いな

確信だ。瞬時に間合いをつめてきた女に、煌青は何とか避ける。続いてやってきた凪に体の反応が遅れた。切り返しが早い。何とか手で持っていたピストルでガードを試みる。が、ピストルはエレオノーレの剣に切られ真っ二つに割れた。すぐに女と間合いを取って、地面に投げ捨てられたピストルを見やる。

ーーまじかよ

熟練された剣技でなら、銃弾を斬ることも鉄を斬ることも可能だ。だがそれには使い手の強靭な精神と技術が必要となる。そんな者、この世の中に指で数えられるくらいしかいないだろう。
煌青の目の前にいる女は、その内の一人だった。
クスクスと笑いがこみ上げてくる。エレオノーレが片眉を上げた。

「!?」

刹那、エレオノーレに強烈な斬撃が襲いかかってきた。それを受け止める。重い。これ程までに思い斬撃をエレオノーレは体験したことがなかった。足に力を入れ、相手の刀を振り払う。
先程までニヤニヤと余裕ぶった表情の煌青は消えていた。カットラスを手にし、その鋭い目をエレオノーレへと向けている。

ーー本性を現したか

エレオノーレの背中に冷や汗が流れた。
大海賊にしてカットラスの名手。海賊内でも、彼の剣技の右に出る者はいないという。それはどうやら、誤った情報ではないらしい。カットラスを手にした途端の煌青が醸し出す雰囲気に、離れた場所にいるクルトでさえ、体が震えるのが分かった。

「!!」


煌青が先手を打った。鋭い斬撃をエレオノーレはすぐさま反応して防いだ。金属と金属がぶつかる独特な音が響く。ギャッと相手の刃をわざと滑らせ、力を逃がした。刃と刃が離れた瞬間にすぐさま切り返し、下から斬りつける。ガキィンと音がなり、それは防がれた。
攻防が激しく入れ替わり、刃と刃を混じ合わせる。技術は、決してエレオノーレは劣っていない。だがそこに男と女の差が出てしまった。

「くっ!」

重い斬撃を受け止めた時だ。膝がガクンと折れた。すぐさま襲ってきた切っ先をなんとか後ろに飛んで避ける。
はぁはぁと肩で息をするエレオノーレに比べ、煌青は涼しい顔で立っていた。ニヤニヤとこちらを見やった。

「なんだい、もう終わりか?」
「まだまだだ」

ふうと小さく息をついた。剣を相手に向けると、煌青は感心したふうに口笛を吹く。だが一向に襲ってこないエレオノーレに、頭をかしげるのだった。
一方エレオノーレは、ある違和感に気がついていた。煌青をその澄んだ瞳で見やる。

「何故、手を抜いている」
「あ?」
「私が女だからか?」

女だから、馬鹿にされているのだと思った。しかし、煌青はケロリとした顔でそれを否定した。『では何故だ』とエレオノーレが問詰めると、『戦う意味がないから』と当たり前のように言ってのけた。男の言葉に、エレオノーレは目を丸くする。『は?』と、声を漏らしてしまった。
戦う意味がないからとはどういう意味だろうか。
今、私たちは戦争中だ。それは十分戦うという意味になるのではないのか。
困惑している様子のエレオノーレに、煌青は開いた腕でガリガリと頭を掻いた。

「俺たちゃ隠居の身なんでな。喧嘩はガキ共に任せてるんだわ。だから、戦争なんて言われても何ら興味ねぇ。ここに留まってんのは、お前さんらがこの海域を包囲して仕方無くだ。はなっから戦う気なんてねぇんだよ。だから、お前さんらを殺す理由もねぇってわけ」

肩を済まして、当たり前のように。
はっとなり、エレオノーレは辺りを見渡した。重傷だったり動かない者がいるも、それらはすべて生きている。いや、私たちは、彼らに“生かされている”。
その事実を知った途端、エレオノーレはかっと顔を赤くした。そもそも、ここは入江。近くには大砲を積んだ海賊船。最初から本気で殺す気でいるのならば、態々戦いに赴かずとも、安全な場所から大砲を撃てばよいのだ。態々剣で戦わずとも、鉄砲を撃てばよいのだ。
エレオノーレは唇を噛み締めた。
戦う気のない者達を無遠慮に荒らしていたのかと。私達軍よりも、彼らのほうが人情味が溢れているではないかと。
暫時、エレオノーレ准将は剣を鞘に収めた。おっ?と煌青が驚いている所に、今度は大声を出す。

「やめろ!!!!」

凛とした響きに、入江は一瞬で静まった。彼女の部下達やクルトが目を丸くして彼女を見やる。エレオノーレは静かに口を開いた。

「彼らに戦う気はない。戦う気のない者達を襲うことは、軍が掲げる騎士道に反する。私達は撤退だ。すぐさま怪我人を連れてこの場を離れよ」

真っ直ぐな瞳を順々に部下へ向けながら、はっきりと凛とした声で告げた。未だ理解できていない者達を言い包めるように、もう一度『撤退だ』と告げる。すると、部下達は困惑の表情を浮かべながらも倒れた仲間を助け起こしながら慌てて入江を離れていった。
その様子を黙ってみている海賊たちの様子から、本当に戦う気がなかったのだと伺える。
エレオノーレはすっ、と煌青へと体を向けた。カットラスを収め、肩を回している男に声をかける。

「一つ、貴方に聞きたいことがある」
「美人の質問なら何でも答えるぜ」

ニヤニヤとふざけたような笑みを見せた煌青に、エレオノーレは一瞬だけ微笑んだ。しかしすぐに真顔に戻って、今自分が一番疑問に思っていることを敵である男に問いかけた。

「今の軍を見て、どう思う」

その質問を予想していたのか、煌青はさぁねぇとすぐさま答えた。

「俺はさっきも言ったみてぇに隠居の身なんだ。だから軍の状況なんてこれっぽっちもわからねぇよ」

言外に『自分で考えな』と、煌青は言った。それを汲み取ったエレオノーレはくすりと笑う。

「そうだな。海賊に聞いた私が悪かった。忘れてくれ」

ザッと音を立てて踵を返した。敵に背中を見せるとはなと自嘲気味に笑う。近くに立っていたクルトに視線を送れば、すぐに分かってくれたらしい。頷いて後をついてきた。
今の軍は、おかしいと思う。
突然の海賊殲滅命令もそうだが、それに関わった者達まで皆殺しにする理由とは何か。悶え苦しむ人々を見てみぬふりで、軍は我が道を進んでいる。上が考えていることがわからなかった。街を潰す
理由も、民を殺す理由も、何処にもないではないか。

「(そんなもの、海賊と同じだ)」

変えなければ。今の軍を。
終わらせなければ。この戦争を。
意味のない戦いなど必要ない。無意味に命を散らす必要もない。
帰ったら、虎銀達にこの事を話そうと、エレオノーレは意気込んだ。なのにーー






ーーパンッ




「…え?」









入江を出たところであたりに響いた乾いた音。それと共に、目の前に立っていた上司の体がぐらついた。クルトは目の前で起こったことが理解できないでいた。地面に倒れ伏したエレオノーレを暫く眺める。エレオノーレが倒れたところからドロドロと赤黒い液体が流れていった。その赤黒い液体を見た瞬間、クルトは我に返った。

「エリーさんッ!!!」

倒れ伏したエレオノーレを抱き起こせば、手にベッタリと血がついた。ドクドクと左胸から血を流すエレオノーレの目は霞んでいる。撃たれたのだ。一体誰が。クルトは顔を上げた時、それを見逃さなかった。

「なんで…?」

言葉が漏れる。銃を持って草木の間に消えていったのは、自分と酷似した服を着たものだったのだ。つまり、軍人。
なぜ軍人がエレオノーレを撃ったのか、混乱しすぎて頭が回らない。それでも体は勝手に動いた。上着をすぐさま脱ぎ、傷口を塞ぐようにエレオノーレの体をきつく縛る。それでも、血は止まらなかった。その時、クルトは悟ってしまっていた。ーー彼女はもう、助からないと。

「くそっ…くそッッ!!」
「く…ルト……」
「エリーさん、喋らないでください!!すぐに、すぐに本部に帰ってアリシアに診てもらいますから!!」
「くると……」
「だから、もう少し!!もう少しだけ頑張ってください!アリシアならきっとーー」
「クルト!!」

ビクリと、クルトの肩が揺れた。声を張り上げたことによってか、エレオノーレが口から血を吐き出した。クルトの手がまた血で汚れる。
エレオノーレが血のついた震える手たなクルトの頬を撫でた。どこか穏やかなその笑顔に、ぽろりとクルトの瞳から涙が零れ落ちた。



▼△▼△▼△

ーー大雪


「!」

ふと聞こえた気がした声に大雪は振り返った。しかしそこは何もない空間で、もちろん誰もいない。
だがこの胸を走り回る嫌な予感が、彼を不安にさせた。


「……エリー?」

その声があまりにも、愛する女の声に似ていたから。



▼△▼△▼△▼△▼




クルトの頬を伝って、涙が私の頬に落ちた。まったく、男なのに泣いているのか。
その感触に言ってやった。


「…、泣くな…」
「泣いてなんか…!」

くすり、小さく笑った。

「皆をーー……頼むよ…」

皆、私が消えてもしっかり仕事するように、真面目なお前が見てやってくれ。

「シオンを…大切にな」

彼女とお前は本当にお似合いだ。大切に、大切に愛してやれよ。

「虎銀たちに……よろしく伝えてくれ…」

突然消えてしまっては驚くだろう。だが奴らなら大丈夫。きっと、すぐ動ける。


嗚呼、それからーー

「それからーー大雪に…」

黙って私の話を聞いていたクルトの腕が、ぴくりと動いた。脳裏に優しい彼の笑みが浮かび上がる。自然と涙が零れた。

「大雪に、伝えてくれ」

意識が遠のいていく。もう、彼と会えなくなる。恐くて怖くて、体が震えた。哀しくて悲しくて涙が零れた。だけど、脳裏に思い浮かんだ彼の笑みが、私の心を包んでくれた。こんなにも、私は彼が好きなのだと、何度も何度も心で叫ぶ。

もう一度、クルトの頬をなでた。私の血や涙でベタベタになってしまった彼の頬。しかし、それはきっと私の顔と同じだ。

「伝えて…彼に…」

遠のく意識に声が震える。かつて、彼がくれたあの花束のように、美しく生きれただろうか。
いいや、今それはいい。笑おう。

「あい…してる……」

ーー貴方に出会えて、私は本当に幸せでした






























冷たくなっていく准将を抱いた男の叫びが、その場に虚しく響いた。





(あの日の花束のように)


△▼△▼△▼






1600(ヒトロクマルオー)准将、エレオノーレ。
敵襲を受け死亡。

軍の花が枯れた。



血戦戦争6




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