戦争というものはどこでも起こるものだ。それはなんの前触れもなく突然で、一瞬にして全てを奪っていく。そして全て壊してから、何事もなかったかのように終結するのだ。
その一瞬の中、戦況を揺るがすものはいつの時代も情報だ。どれだけ相手が強く、行動が早いと言っても、相手の情報を熟知し、その思考回路を読み、作戦を練れば勝利を収めることは容易い。情報こそが、勝利への道なのだ。
その情報を集める彼らは、戦争中は重宝される。多くの情報屋は勝つと予想する勢力に付き、相手の情報を集めるのだ。
だが、中にはどちらにも付かない者もいるという。彼女は、後者だった。










通された部屋はお世辞にも綺麗とは言い難かった。書類は足の踏み場がないほど床に散乱しているし、机の上はファイルの山だ。上着は無造作にソファの上に投げかけられていて、今がいかに忙しいのか、一瞬でわかった。

ーーまぁそんなことはこの施設に入る前からわかってたことなんだけど

ここは軍の施設だ。今現在巻き起こっている海賊達との戦いで、軍人は疲弊し慌ただしく動き回っていた。どれだけ動いても情報がうまく集まらず、そこで、彼女たちを呼んだのだろう。奴らは情報を隠すのがうまいしな、とディムは鮫の彼を思い出していた。
お付であるアルディが、ゆっくりとディムをソファに降ろしてくれる。ディムは足が悪かったために、普段はこうしてアルディに運んでもらっているのだ。なるべく負担をかけないよう気を使ってくれた彼に、礼を言えば小さく掠れそうな声で『いえ』とだけ言った。サングラスの奥の赤い瞳が嬉しそうに細められる。
暫く待っていると、扉がガチャリと音を鳴らして開いた。中に入ってきたのは下っ端であろう男が三人と、見覚えのある男だった。確か、大佐階級のディルと共にいた、筑波だったか。頭に入れた情報を思い出す。武器はハンドガン。階級は少佐。堅物で真面目で潔癖症。

ーー俺とは真反対だな

相手がディルならばスムーズに話が進んだであろうに。ディムは心の中でため息をついた。
今回呼び出された理由は察している。そして、すでに答えは決まっていた。

筑波はディムが座るソファと対面する形で置かれているソファに腰掛けた。腰掛ける際、無造作に掛けられていた上着を綺麗に折りたたんでソファに置く。
真っ赤なソファがギシリと音を立てた。
心なしか不機嫌そうなのはきっとこの部屋の惨状のせいなのだろう。今すぐ掃除したいと、顔に書いてあった。

「今日呼び出したのは他でもない。これからのお前の動きについて話をつける必要があると思ったからだ」

ほら来た。
ソファで足を組んで、目の前の男を見据える。真っ直ぐ貫いてくるその視線に、小さく笑みを零した。それを知ってか知らずか、筑波は睨みつけるかのような視線を送ってきた。

「お前は、どちらに着くつもりだ」

軍か、はたまた海賊か。

予想していた質問に、ディムは内心ほくそ笑んだ。組んでいた足を変え、その赤い瞳を男に向ける。

「どちらにも着かない」

彼女の言葉を聞いて、筑波は眉間にシワを寄せた。それが面白くて、ディムは喉でクツクツと笑う。
今この国の情報屋は、軍側または海賊達側の2つに分かれていた。自分達が勝てると思った相手に、自分達の情報をより多く多額な値段で買い取ってくれるであろう相手に。
ディムはそれを馬鹿らしいと思う。

「俺たち情報屋は元来、中立的立ち位置だ。それをやれ軍につくだとか、やれ海賊につくだとか。そんなバカ見てぇな事、俺はやらない」

『俺は中立的なこの立ち位置を貫くさ』と、口角を上げて言ってやる。と、同時だった。ジャキンと音がして、気がつけば部屋にいた三人の男に銃口を向けられていた。頭にまっすぐ向けられた銃口。気にすることなく、ディムは筑波を見つめる。
筑波は暫し、目を閉じていた。ゆっくりと瞼を上げて、彼の瞳が顔を出す。何かを決意したかの様な顔つきだった。それに、『なかなかいい顔をするな』とディムが感心する。
筑波が口を開いた。

「我々軍につかず、海賊につかない。それは余りにも危険だ」
「へぇ?心配してくれてるんだ」
「貴様の心配などしていない。奴等にも接点があるということは、軍の情報が奴等に漏れる可能性があると言ったのだ。だからここで殺す」

容赦ない言葉でも、ディムにはそれが面白かった。クスクス笑っていると、筑波の機嫌が一気に損ねるのが分かった。イライラし始めた筑波に、声をかける。

「なぁ、俺からもひとつ聞いていいか?」
「…何だ」

殺すと宣言されたにも関わらず、余裕たっぷりの少女に、筑波のイライラは頂点に達しかけていた。刺のある言葉を投げかけると、ディムは笑って言った。

「覚悟、出来てるんだよな?」

彼女の言葉に『それはこちらの台詞だろう』と思う筑波に、ディムはすっと目を細めた。彼女の瞳が、まるで獲物を捉えた獣のようになる。その瞳に捉えられた時、筑波は背筋に寒気が走るのがわかった。
冷たい声で、言葉を発する。

「俺に銃口向けて、死ぬ覚悟は出来てるんだよな?」

ガンッッッ

部屋に音が響いた。何だと筑波がディムの後ろに立っていた部下を見れば、一人居なかった。え、と声を漏らした時だ。足元に何かが飛んできた。次いで、頬に何かが飛び散ってくる。部屋の奥を見た時、筑波は目を見開いて固まった。
男が一人立っていた。薄暗い部屋の中でもわかる真っ赤で燃えるような髪をした長身の男が、そこに立っていたのだ。彼の足元には、潰れた何か。暗闇の中僅かに見えるそれは、今自分が着ているものと酷似していた。それが何か理解した瞬間、体が急激に冷めていくのがわかった。
部下が小さく悲鳴を上げ、男に銃口を向ける。途端、男はその場から消えた。気がつけば男は部下の後ろに回り込み、一人に強烈な回し蹴りを繰り出した。長い足が、部下の腹に直撃する。部下はそのまま吹き飛ばされ、壁にぶち当たった。ぐちゃりと何かが潰れるような音がして、それが吹き飛ばされた部下から聞こえたと分かった。残りの部下は恐怖で体が動かないのか、ひゅっひゅっと意味のない声を漏らすだけだった。部下の前に、男が立ちはだかる。

「アルディ、乱暴は良くないぜ」
「………貴女に…、銃を向けた時点で………彼等に生きる価値は……ないです」

ディムの制止にボソリボソリと男ーーアルディは返した。こうなれば何を言おうと聞きはしないだろう。彼の一番は、何時でもディムだった。大切な彼女に銃口を向けた時点で、アルディにとって部下の三人はもはや人と認識しなかった。だから、殺すのだ。
カンッと踵を地面に叩きつければ、靴のつま先から鋭利な刃物が飛び出してきた。刃物がついた靴で、遠慮なく部下を蹴り上げる。刃物が体に深く刺さり、さらにその強烈な蹴り技によって、部下は吹き飛ばされ、やがて動かなくなった。アルディはそれに見向きもせず、また踵を地面に叩きつけて刃物をしまった。
数秒で三人の部下を殺した男に、筑波は冷や汗をかいた。こいつ等を生かしておくのは危険だ。そっと、気付かれないように懐から銃を取り出そうとした時だ。
ピッと頬を何かが掠った。それはビィインと独特な音を立てて、筑波がいる奥の壁に突き刺さる。ちらり、目でそれを確認すれば、ナイフが壁に刺さっていた。

「お前じゃ、俺達には勝てねぇよ」

声のした方を見れば、ディムが赤い瞳を怪しく光らせていた。壁に刺さったナイフは、彼女が投げたものだと理解した筑波は、おとなしく銃から手を離した。それを見て、ディムは嬉しそうに笑う。

「そうそう、それが良い。こっちには優秀な番犬もついてるんだ。無理はしねぇ方がいいさ」

諭すような言い方だった。
筑波は小さく舌打ちをする。うちの上司が警戒する訳だ。彼女達は危険すぎた。
ディムは何でもない顔で『さてと』と声を出した。

「本題に入ろうか」

彼女が言う本題が、何を指すのかわからない筑波は、それでも、目の前の少女の言葉を待った。

「俺は軍にも海賊にもつかない。だからゲームをしよう」
「ゲーム?」

そう、とディムは人差し指を上げた。
彼女が言うゲームの内容はこうだった。

ディム達が手に入れた情報を奪い合うというものだ。軍と海賊、双方から彼女達に情報を与え、より有益な情報を持ってきた方に、彼女が調べた情報を提供すると言うのだ。
二度でまで面倒だと思うが、こうすれば双方の情報を同時に得ることが出来、一石二鳥なのだと言う。ゲームに負けた側には、その情報の内容は一切話さないというルールが出来ていた。

「向こうには既に伝えて、了承を得ている」

さぁ、あんた達はどうする?
ディムの視線を筑波は全うから受け止めた。

「そんなもの、お前たちを頼らずほかの情報屋から情報を得たほうが早い」
「俺をそこらの腰抜け共と一緒にするな。現に、俺達はその腰抜け共よりよっぽど為になる情報を持ってきてやってるだろう?」

それは確かだった。彼女の持ってくる情報は、普通の情報屋が持ってくるそれとは遥かに規模が違うし信憑性が高い。そして精密だ。細かいところまで調べ上げ、それを包み隠さず売る。だからこそ、彼女は上から気に入られているのだ。
彼女を引き入れるか否かは完全に任されている。ここで断ってもいいだろう。だがそうなれば不利になるのはこちら側だった。
つまり、筑波はこのゲームを渋々引き受けるしかないのだった。
渋々ながら頷いた男に、ディムは満足そうに微笑んだ。早速とでも言うように、目の前の机にある資料が投げ捨てられる。

「向こうからはこの情報は流しても構わないと言われた。だから、俺もお前たちから情報を聞き出さない。フェアに行くからこそゲームは楽しいんだからな」

机に投げ捨てられた資料を筑波が手に取る。そこにはびっしりと書き込まれた文字と何枚家の写真が記されていた。数枚の資料はクリップで止められている。一枚目はとある入江について書かれていた。この国にある巨大な入江だ。大昔はそこで合戦があったとかなんとか、耳にしたことがある。
次のページを開いた時、筑波は目を疑った。
そこには、今軍が必死で足取りを追っている者の情報が記されていたのだ。そして、その者の居場所も。
そう、とディムは面白そうに声を出した。筑波は資料から目が離せない。だが彼女の声はしっかりと耳に入ってきた。


「お前等が必死で追ってる男の情報だ」


男ーーー海賊、煌青の情報がそこに記されていた。


(鐘が鳴る)

それは始まりか、終わりか



血戦戦争4




|


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -