海はいつだって自由だった。時に荒くれ人々を襲い、時には優しく波音を響かせ赤子を眠らせる子守唄になる。
彼らはそんな海に憧れた。海に生き、海に全てを預け、海を愛し、海を航海する。自由の象徴として髑髏の旗を掲げ、彼らは広大な海を自由に渡り歩いた。
そんな彼等が見つけたその国は、資源もそろっていて、自然が豊かで、波は優しく、急な天候の変わりも少ない、格好の穴場だった。ただひとつ、巨大な軍事組織があるのが残念だが見つからなければいい話。いつしか彼らはその国をアジトとして使うようになった。
それが何十年と続いた。国民を脅し金を巻き上げるものも居れば、身寄りのない者達を集め小さな集落を作りそれを守る者もいた。己の意思に従い動いた彼らに、突然それは叩きつけられた。
“海賊殲滅命令”
自分たちに関わった者たちも皆、無遠慮に抹殺しろとの命令。軍も思い立ったものだと、海賊達は笑った。どうせこんなこと、出来やしないのだと。
甘く見た彼らは痛手を負った。奇襲をかけられ、世に有名だった海賊団を一つ、軍の者達が殲滅したのだ。あまりにも悲惨なその光景に、嗚呼、奴らは本気なのだとその時初めて思ったのだった。
そして、彼らは武器を取る。
自分たちの誇りを守るために。
自分たちの自由を守るために。
自分たちの大切な者を守るために。








酷い。その一言が頭の中に浮かんだ。
ここはとある海賊がよく出入りする活気のある街だった。それが今やどうだ。住民達は無残にも殺され、崩壊した家屋の下敷きになった者もいる。生き残った者たちは互いに身を寄せ合い、やってきた二人を恐ろしそうに見ていた。

「軍は何考えてるんだ」

苦虫を噛み殺した表情をしたジャックは拳を強く握った。
海賊の自分たちより、軍の方がよっぽど酷いではないかとその場に言葉を吐き捨てる。そんな彼の横を蒼刃が無言で通り過ぎていった。道に転々と横たわる死体など見向きもせず、目当ての場所へと進んでいく。ジャックも、それにならった。
辿り着いた目当ての場所ーー酒場は見るも無残に崩壊していた。ここから食料などの調達をしようと思ったのだが、どうやら甘かったらしい。
軍達が張った包囲網によって、彼ら海賊はこの近隣の海から抜け出す事ができなくなっていた。つまり、完全に袋のネズミ状態なのだ。
酒場が潰れている事を確認すると、蒼刃は用なしだというように元来た道を歩き始めた。そんな彼の背中をジャックは追う。
帰り道にも、当たり前のように死体は転がっているわけで。ジャックは軍にいる彼を思い出していた。真面目で、こんな事しそうにない彼。

ーーエスト…

彼も苦しんでいるのだろうか。苦しみながらも、上の命令を聞いてそれからーー

「ジャック」

名前を呼ばれて我に返った。どうやら立ち止まっていたらしい。蒼刃がこちらを向いている。それに慌てて笑った。

「あー、ごめんごめん。考え事してた!」

あはは、と頭をかくも、蒼刃は反応しない。おや、と首を傾げたところで、彼の真っ赤な瞳がジャックを貫いた。

「軍は本気だ。本気で俺たちを殺そうとしてる。ちょっとでも隙を見せたらそこにつけ込まれて死ぬ」

冷たい声だった。彼は果たしてこんなに冷たい声を出す男だっただろうか。

「俺は部下を守る為なら何だってする。その覚悟がある。隙を見せねぇ、殺られる前に殺る。それをできる自信がある。…ジャック、あんたはどうなんだい?」
「俺はーー」

はっきり覚悟があるとは言える。だが、彼と対峙した時ー彼を殺せるかと聞かれればはっきりと言えなかった。言葉を濁した俺に、蒼刃は何も言うことなく踵を返した。離れていく背中を見つめる。

「…」

彼はあんなに冷たい声を出す男だっただろうか。…あんなに、悲しげな瞳をする男だっただろうか。

「俺は…」

ぼそりと呟いてから、蒼刃の後を追うべくジャックは走り出すのだった。

(答えは出ないまま)

ただただあいつは、海賊だったのだろう。

血戦戦争2




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