戦争が終わった。何も得ることのないただ悲しいだけの争いが終わって、2週間が経とうとしていた。
攻撃を受けた正面の入り口の瓦礫の撤去作業はすでに終わり、徐々にもとの姿へと戻りつつある。
施設内の皆もどこか安心した顔で日々の仕事に戻っていた。
負傷者、殉職者は多くいた。エレオノーレ准将、ノクターン·レディ中佐、そして行方不明の流紋大佐。彼らの死は施設に大きなショックを与えたがそれも少しずつ立ち直り始めていた。
エレオノーレの恋人である大雪もまた、少しずつ立ち直り始めていた。尤も完全にいつもの彼に戻るにはかなりの時間が要するだろう。それほど、彼はエレオノーレ准将を愛していたのだ。
奇跡的な回復を見せた者もいる。
少尉の高継だ。一度は死の瀬戸際だったのだが、医務班の必死の治療により一命を取り留めたのだった。この報告を受けたとき、彼と同期の者たちは涙を流して喜んだという。

長い廊下を和泉は書類とにらめっこをしながら歩いていた。つらつらと文字が踊る書類は、この戦争で起こった報告が纏められたものだ。
自分の考えが正しければ、この戦争には裏がある。その黒幕は恐らくあの組織だろうと和泉は確信していた。

「和泉」

声をかけられ振り返る。そこには銀色の髪の男ーー虎銀が立っていた。
あら、と小さく声を漏らして隣にやって来た虎銀の顔色を伺う。

「調子はいいみたいね」
「あぁ、おかげさまでな」
「ふんっ、あなたがいなかったせいで大変だったんだからね」
「悪いって謝っただろ、それは」

軽口を叩きながら廊下を歩いていく。蛍光灯が切れているのか廊下は薄暗い。どこか怪しい雰囲気がその廊下にひろがっていた。気味が悪いなと思ったときだ、虎銀が和泉が持っている書類に気がついた。

「それ、報告書か?」
「え? あ、えぇ。今回の戦いでのね。ちょっと引っかかることがあって貰ってきたのよ」
「引っかかること?」
「この戦争を起こした犯人についてよ」

和泉の答えに虎銀は目を丸くした。
犯人はあの支部長だったはずだ。そして彼は本部へと強制連行、今頃軍事権を剥奪されているだろう。

「犯人はあの狸じゃないのか」
「…これは私の考えだけど、あれも誰かの差し金よ」

あの男がエレオノーレを殺した理由ははっきりわかった。しかし、引っ掛かるのだ。あの狸が本当に裏切った軍人たちを動かしていたならば、その裏切り者の軍人はなぜあの海岸で海賊の男を殺したのだろう。
あの時すでに支部長は神居が連行していた。命令は下せない。

「誰か他の奴がーーそれこそ黒幕が命令したのよ」
「自分で動いたってことはないのか」
「あの手の軍人はね、誰かに命令されなきゃ動かないの。とっても怖がりだからね、命令されてやったっていう言い訳もできなくなる」
「なるほどな」

つかつかと廊下を歩いていく。この先に神居の部屋がある。報告しなければ、全て。恐らく奴らが関わっている。あの組織は軍を憎んでいるのだから。

「それで、真犯人は誰なんだ」
「これも予想でしかないけど、恐らく奴らだわ。神居さんに報告してーー」
「困るな」

えっと声が漏れると同時に腹から刀が現れた。どくどくと赤い血が流れていく。痛みはなく、ただ熱が広がった。

「こ、がね…?」

恐る恐る後ろに立っている虎銀を振り返る。すると、銀色だった虎銀の髪が徐々に黒に変わっていった。
そして全て黒になったときそこに立っていたのは見知った顔ではなかった。しかし、その顔は覚えている。忘れるわけがなかった。

「お前は……! 錐影…!!」

軍を裏切り、軍を恨む組織に属する危険度最高ランクの人物がそこにいた。錐影はにやりと笑い、和泉の腹を突き刺していた剣を抜いた。
どさりと倒れた和泉を見下ろしてクスクスと笑う。笑い声が耳を刺す。やはり和泉の考えは間違っていなかった。これは奴らの仕業だったのだ。軍を内部から壊すための。

ーー私たちは、こいつらの手の上で踊らされていたのか…!

報告しなければ。神居さんに誰かに。ずりずりと体を引きずって動く。しかし力はもう入らない。目の前は霞んでいる。
早く、誰かにーー!

「じゃあな」

男の声を最期に和泉の意識は途絶えた。


その数時間後、息絶えた二人の軍人の姿が見つかった。一人目の遺体のそばには血の跡が続き、何かを伝えようと這っていたのがわかった。しかし、彼女が何を伝えたかったのか、わかるものは誰一人としていなかった。
二人目はエレオノーレ准将の部下だった青年だった。彼もまた、何かを残そうと報告書を作成していたところを後ろから心臓を一刺しされていた。
そして彼が伝えたかったこともまた、わかるものは誰一人としていない。

それでも世界は回る。
多くのものが、前を向いて歩きはじめる。


**********

海が見える丘の上、私は作られた簡素な墓に祈りを捧げていた。そばには彼が愛用していた槍が刺さり、彼がいつも着ていた上着が掛けられている。
そう、これは彼の墓だ。
そんな気はしていた。どこかで、彼は帰ってこないと、そう思っていた。
祈りを捧げる私を金色の髪をした男が見つめていた。この場所には彼にーージャックにつれてこられたのだ。
祈りを捧げ終え、振り返る。私の顔を見た途端、ジャックが頭を下げた。

「謝っても許されねぇのはわかってる。わかってるけど…でも、すまねぇ」

私は無言で彼を見つめた。ジャックは続ける。

「蒼刃が死んだのは俺のせいなんだ! 俺が油断したから、だから、あいつは死んだんだ…! 俺がもっとしっかりしていれば…俺がもっと! 俺がーー!!」
「もういい」

自分を責めるジャックの顔を上げさせる。流れる涙ごと、彼の頬をなでた。

「もう、十分だ。あなたはもう十分、自分を責めた」

もういいんだと、ジャックの頬を撫でる。なんで、と彼が掠れた声を出した。

「憎まないのか、俺を…恨まないのか俺を…!」

まるでそうしてほしいと言うような言い草だった。憎まれて恨まれて、どんどん枷を作っていくかのような…そう感じ取れる言葉だ。
私は小さく首を振った。

「あなたのことはよく蒼刃から聞いていた。大切な友だと」
「…っ、」
「あいつがあなたを助けたのは、それだけあなたに生きてほしいと思ったからだ。私は彼の気持ちを尊重したい。だから、私にあなたを恨むことなどできない」

あなたはこれからもっと、自分を責めるのだろう。夢に見るかもしれない。
だけど、けれども、生きてほしい。その悲しみも嘆きも辛さも全部ひっくるめて生き抜いてほしい。彼の分まで。

「そうしたら、彼も喜ぶと思うんだ」

沈黙が流れる。
潮の香りを運ぶ風が吹き抜けていった。ばさばさと彼の上着が揺れる。
もう一度、風が吹き抜けていった。今度は強い。思わず目を閉じて髪をおさえた。そして目を開けるとそこには先程の弱々しい男はおらず、強い光を放つ瞳の海賊が立っていた。
これで彼はもう大丈夫だろう。返事を聞かずともその瞳をみればわかる。
心の中でありがとうと礼を伝えた。

「もう一つ…あいつの最期の言葉を聞いてほしい」
「蒼刃の…?」
「あんたへの言葉、預かってきたんだ」

真剣な眼差しが私を貫く。
わかったと頷けば、彼はゆっくり話してくれた。


******


泣かないでくれ。
お前を残していく俺をどうか許してくれ。お前の優しさに触れて、お前の強さに触れて、俺は何年ぶりかに人の暖かさに触れられたんだ。
お前は俺にとって、大切で大切でーー愛しい存在だ。

どうか泣かないでくれ。

葵紀。愛してるよ。だからこそ、前を向いて歩いてくれ。

********

彼の言葉を聞いて、私の頬に涙が伝った。
溜め込んでいた涙が一気に溢れ出る。
この涙を拭ってくれる人はもういない。それでも、だけれども、歩いていこう。

「ありがとう…彼の言葉を私に届けてくれて…ありがとう……!」

震える声で頭を下げる。
ありがとう、ありがとう。
私に出会ってくれて。私を選んでくれて。


悲しい戦争は終わった。世界はまた何事もなく回り始める。
そこに彼はいない。それでも、私は前を向いて歩いていこうと。

そうーー決めたんだ。


(Last Story)

これは悲しい戦争の物語。
これは前を向いて歩く者たちの物語。



血戦戦争21 Last Story




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