外は嵐だった。高波が雨が風が雷が襲う。荒れた海ほど恐ろしいものはない。それをレオはこの十年間で十分すぎるほどに理解していた。
背中におぶっている霧牙に一言、「濡れるッスよ」と伝えて前を走る姉を追いかけた。パシャパシャと水が跳ねる。
波止場まですぐそこだ。だが波止場についたといって肝心の船があるかわからない。予め用意していた船は逆方向の港にある。果たして、この波止場に船はあるのか。そんなことを考えながら走っていたら、前を走っていた姉の背中にぶつかった。なんとか踏みとどまって転げるのを防ぐ。
突然止まった姉に文句を言ってやろうと前を見た。
波止場に男が一人いた。
あの人によく似たオレンジ色の髪の男だ。なぜこんな所にと思った所ではっとなる。ここはまだ軍の敷地内でもあるのだ。そんなところに一人でいるこの男の正体。それは紛れもない。軍人だろう。
軍人の男はレオ達に気がついたのかこちらを振り返った。眼帯と悲しげに細められるその瞳が印象的だと思った。何が一体そんなに悲しいのか。男はゆっくりとこちらへ向かってくる。

「待ってたよ、アイリーンちゃん」
「…流紋」

姉の知り合いなのかと驚いた。だってこいつは軍人なのだ。軍人と関わりを持つのは尊敬する兄が作った掟では大罪にあたる。

「アイリーン姉…どういう事ッスか」
「……いくわよ」

応える気配はなかった。ただ一言、冷たい一言を残してアイリーンは海へと近づく。前に立っていた軍人はまるで道を開けるかのように波止場の端に立っていた。
姉を問いただしたい気持ちを抑えて、レオは歩きだす。警戒しながら男の前を通っていった。走って前にいた姉に近づくとそこには一隻のボートがあった。中にはオールもついている。

「どういうつもり?」

アイリーンが声を出した。その声が誰に向けられたかは誰もがわかることだった。
振り返ればオレンジ色の髪をした男は悲しげにこちらを見守っていた。

「君たちはここで死んではダメだ。だから、船を用意した」
「自分の立場、わかってるの?」
「わかってるよ、わかってるからこそだ」

会話がよくわからなかった。レオは混乱する頭でそれでもアイリーンの指示を待った。今ここで自分一人で動いてはいけない気がしたからだ。
暫くアイリーンは男を睨んでいた。が、すっと視線を外してレオを見る。その目はどこか決意の色が滲んでいた。

「レオ、ボートに乗って」
「ッス…!」

姉の言葉に慎重にそれでも素早くボートに乗り込む。それから霧牙を負担が掛からないようにおろした。波で大きく揺れるボートにも関わらずレオはすぐに出れる支度を整えた。

「アイリーン姉!早く乗ってッス!」
「……」
「アイリーン姉?」

声をかけるもアイリーンはこちらを見ない。無言のまま、カッとヒールを鳴らしてビットからロープを解き始めた。
アイリーンの真意がつかめず、レオは混乱する。そんなレオにアイリーンが優しく微笑みかけた。普段自分に微笑むことなどしない姉のその表情にレオは理解した。彼女が今、何をやろうとしているのかが。

「め…ッス…!だめッスよアイリーン姉!!!」
「あんたは本当、世話の焼ける弟だったわ」
「アイリーン姉!!!」

世話の焼けてすぐに泣いてすぐに怒ってそんな面倒な弟だった。十年という長い月日はそれでも、そんな弟でも愛情が湧いてくるのだ。
船が波止場から離れ始める。船を飛び降りようとしたレオを霧牙が抱きしめて止めた。彼女の覚悟を受け取るかのように。

「出来の悪い弟だったわ、ほんと」
「そうッス…オレは出来の悪い弟ッス…!だから!まだアイリーン姉に怒ってもらわないとなんスよ!まだ…まだアイリーン姉と一緒に…」
「レオ」

涙と雨で視界が歪む。それでも、優しい姉の瞳ははっきりと見えた。霧牙の腕を振り払うこともできた。だがそれをしなかったのは、彼がアイリーンの覚悟に気がついたからだろう。離れていく波止場でアイリーンが笑った。

「後で必ず追いかけるわ」
「約束ッスよ…!!!絶対!!絶対生きて…帰ってきてッス!!」
「ええ、約束よ」

それが口だけの約束になるか、本当に果たせるのかアイリーンにはわからない。
ただ遠ざかるボートを見送ってから、海に背を向けた。

「レオ、あんたは出来の悪い弟だけど…でも…大好きよ」

呟いた独り言は波の音で消え去った。

雨は少しずつ止んできている。

▲▽▲▽▲▽▲▽

「あらあら…思いの外酷い状態ね」

地下牢の檻を前にして、リムパケはくすくす笑った。
暗い地下牢の中、虎銀は頭から血を流した状態でそこにいた。隣の牢には肩や足から血を流している竜錠がいる。
突然やってきたメイド服の女に二人は警戒した。ここに来るまでには多くの警備を潜り抜けなければならない。それをこの女一人でやってきたのだ。そして先程から聞こえていた爆音はきっとこの女の仕業だろう。
警戒している二人にあらあらとリムパケは笑った。

「そんなに警戒しないで?私は伊予りんと大雪に頼まれたのよ」
「伊予と大雪に?」
「そう、二人をお願いって」

なんなら証拠を見せてあげるわ、とリムパケはポケットから紙を取り出した。それを牢にいる虎銀に手渡す。訝しげにそれを開いた虎銀だったが紙に踊る文字を見てため息をついた。

「伊予の字だ」
「なら本当ってわけか」
「うふふ、とにかくこの牢邪魔ね。壊すから少し檻から離れてくださる?」

二人はリムパケの指示に従った。先ほどの爆発音からしてこの女の武器は爆弾だろう。だから、彼女に頼んだのか。爆弾で牢を壊すために。
爆発音とともに牢屋が破られる。爆風で舞い上がった土埃に咳き込みながら、二人は約数日ぶりにそこから出た。

「それにしても、捕まっていたのは彼だけだと思っていたわ」

肩をすくめながらリムパケが虎銀を指した。伊予から指示があったのは虎銀の救出。まさか竜錠も同じく牢に捕まっているとは思いもしなかった。
竜錠はきっと眉間にシワを寄せた。

「あのたぬき野郎を問いただしたらこのザマだ。あの野郎許さねぇ…」
「それは俺も同感だな。あんな奴が上にいていいわけがない」
「うふふ…血気盛んな殿方は好きよ?でも、今は大人しくしていましょう」

クスクス笑ったリムパケに二人は訝しげに見た。長身の男二人の視線にも物怖じせず、リムパケは上を見上げる。あはっ、と小さく笑って虎銀と竜錠に視線を戻した。

「きっと今頃、たぬきの料理が始まっている頃よ」

ニッコリ笑ったリムパケに二人は首を傾げた。

(動き始めた運命)

血戦戦争17




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