雨が降る。砲弾が降る。巻き上がった海水が降ってくる。
様々なものが降ってくる中で、フィーネは引き金を引いていた。
目の前の軍人の胸を銃弾で貫いてやる。続いて後ろにいた軍人に強烈な回し蹴りを食らわしてやる。
それでも軍人は溢れてくるばかりだった。波が船を襲う。雨が船を襲う。海軍軍師アサギの実力は予想を遥かに超えていた。そして彼の部下たちの実力も。この嵐の中よく的確な指示が出来て、さらには舵も取れるものだ。
海軍の猛攻に船員達が段々と尻込みし始めた。中には船内に逃げ出す者も現れる。士気は確実に下がっていた。極めつけにとでも言うべきか。敵船の砲弾が隣の船に直撃した。マストが一本倒れる様が目に映る。
フィーネは盛大に舌打ちを打った。そしてやり返しとばかりに砲台に向かう。
放った砲弾は敵船のメインマストに被弾した。沈むとまではいかなかったが大打撃を与えてやった。それを部下たちが見やった瞬間、声を張り上げた。

「狼狽えるんじゃねぇ、馬鹿野郎共!!!海賊の意地見せてやれ!!!」

雷の音や雨の音、波の音に掻き消されたであろう言葉は、近くのものには聞こえたようだ。逃げ腰だった者たちが果敢に敵に挑みに向かっている。

「野郎共!!鮫の連中に遅れをとるなよ!鯨の本気、敵さんに味わせてやれぇ!」

次いで遠くからシェーヌの喝が聞こえてきた。鯨の船員たちの雄叫びが上がる。
鮫と鯨の船員たちの雄叫びを聞いて、鯱の連中もまた剣を構えなおしていた。よし、いい調子に士気が戻った。
もう一度敵船に大砲をぶっ放してやろう、そう思った時だ。

「フィーネ!!」

かき消えそうな、だけどはっきりと聞こえた奴の声にはっとなった。が、遅かった。背中に激痛が走る。なんとか踏みとどまって振り向きざまに相手の額に弾丸をお見舞いしてやった。士気を上げるのに集中しすぎたか、敵に背後を取られてしまったのだ。悪態をつく。雨が傷口に触れてズキズキと痛んだ。血が流れていく感覚がわかる。

「フィーネ、大丈夫か!」

セシルが慌てて近寄ってきた。黒い髪が額に張り付いてしまっている。それは雨の仕業かはたまた汗の仕業か。セシルは自分の上着を脱いでフィーネの背中にかけた。まるで雨から傷口を守るかのように。

「っ、問題ねぇ…」
「でも、お前っ…、ーー…わかった。無理はすんなよ」

フィーネの有無を言わさない視線に気がついたのかセシルは苦虫を噛み締めた表情でありながらも応えてくれた。そして支えるようにそばにいて背中を守ってくれる。
それに感謝しつつ、冷静に状況を判断した。はっきり言って押されている。
敵のボス、アサギは未だ自ら手を下すつもりはないようだ。ただ部下に命令を下している。あいつが戦場に出てこないだけでもまだマシというところだろう。

ーーまずいな…

これじゃあ、船長達が戻ってくるまでに道を開けることができない。それ以前にこっちが先に全員揃って海の藻屑になりかねない。

「くそっ…!」

砲弾を敵にぶち当てる。敵の船の機動力は削いでいるはずだ。しかし、敵船の圧倒的数と兵力は一向に減る気がしなかった。
火薬も底をつきかけている。
全員が薄々気づいているだろう、もう終わりだと。
それはきっと背中を守ってくれているこいつも。

「フィーネ」

背中から聞こえた声はどこか悲しげだった。なんだ、こいつはもう諦めたのかよと思いつつ、なんだよと返事してやる。

「愛してる」

突然の告白もいつもの事だ。一瞬にして戦場の音が消えたかのような錯覚に陥った。そうか、これが最後の時間ってやつなのかな。こいつはもう、本当に諦めやがったのだ。
フィーネは振り返ってどんっとセシルの肩を叩いた。えっと声を上げた男に笑ってやる。

「俺からの返事聞きたきゃ死ぬ気で生き残れ」

痛む傷なんて関係ない。生き残らなければ全員死ぬんだ。火薬がなんだ、傷がなんだ。何としてもこの死地を乗り越えるんだ。
そうしたら、きっとまたあの時みたいに笑って過ごせる日々が来るはずだから。
フィーネの返答にセシルは一瞬ぽかんとした間抜けな顔を見せた。だがすぐに不敵に笑って見せる。

「じゃあ後で嫌というほど愛してるって言わせるからな」
「俺の返事はその一択なのかーー」 

よ、と続けようとした。だがそれは続かなかった。船に砲弾が被弾したのだ。猛烈な音ともに瓦礫が飛び散ってくる。被弾したとき巻き起こった風に吹き飛ばされる。瞬時にセシルが抱きしめて庇ってくれたので大事はない。そういうセシルにも大きな怪我は無いようだった。
船の損傷は酷かった。大砲も今の一撃で全て海に投げ落とされてしまった。
成すすべもなく、次の砲弾を撃とうと敵船が近寄ってくる。これまでか、そう思った時だ。
近寄ってきた敵船に砲弾が被弾した。
この船からの攻撃ではない。もう一隻の味方の船でもない。では一体どこから、と辺りを見回した。
船が一隻、近づいてくる。黒い旗を掲げるその船には十分すぎるほどに見覚えがあった。

「おう、フィーネ。なぁに休んでるんだよ」

船から顔を出すオレンジ頭に見覚えのある顔ぶれ。間違えるわけがない。

「煌青さん…」

前船長、煌青がにやりと不敵な笑みを浮かべた。


▲▽▲▽▲▽▲

煌青の船を見るや、アサギは目を細めた。

ーーやはり出てきたか

息子の船が危険とあらば奴は出てくると思っていた。本当の目的はあの船だ。あの男は厄介すぎる。聞けばエレオノーレと剣技で同等にーーいや、彼女以上の力を見せたという。決してエレオノーレが劣っている訳ではなかっただろう。男と女の力の差と言うものだ。
それを差し置いても奴は危険だった。
鮫という海賊を生み出し、次世代の海賊達を影から支えている。奴がいれば海賊は増える一方だ。
だから、ここであの男を仕留める必要があった。

「全艦、海賊煌青の船へ集中砲火。あの男を海に沈めろ」

冷静な口調で部下に命令する。はっ、と気合の入った返事をして、部下は大声で命令を船員たちに伝えていった。

「アサギさん!」
「なんだ」

慌てて近寄ってきた部下に視線だけ送った。部下の腕には防水対応の成された無線機。それをアサギに手渡した。

「本部から連絡が…!」
「本部から…?」

不審に思った。本部は今海岸の海賊殲滅に出払っていてアサギに連絡を入れる者達など居ないはずなのだ。
目を細めてアサギは無線機に応えた。

「…こちらアサギ」

ザァザァと雑音の中、声が聞こえた。その声にアサギは聞き覚えがあった。いや、あり過ぎるくらいだ。
驚きに目を見開くアサギに無線機から今度は雑音なくはっきり聞こえた

「今すぐ海軍は攻撃を停止。撤退だ」





(海戦の行方)

血戦戦争16




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