「ふんふんふーん、らんらんらーん」

軽い調子の鼻唄を奏でながら、女は地下を歩いていた。女が通った道には制服を身に纏った男達が倒れ伏している。皆かろうじて息をしている状態だった。
ふと、女が足を止めた。女の通り道に制服の男たちが立ち塞がったのだ。

「あはっ」

楽しげに女が笑った。そして男達に向かって何かを投げつける。途端、爆発が巻き起こった。連鎖してどんどん広がる爆発に男達は逃れることが出来なかった。
爆発が止んだ時、そこにいるのは虫の息の者達だけだった。

「うふふっ。私、強い殿方にしか興味ないの」

だからさようなら。
うっとりとした表情で、オレンジの髪の女は嗤う。ひらりとメイド服のスカートを揺らして、女は地下を進んでいった。


△▼△▼△▼△▼△

目の前で倒れたノクティをアイリーンは目を見開いて見つめることしかできなかった。どくどくと彼女の体から血が流れている。その出血の量は死を表していた。
ノクティを刺した男ーーハルトマン大尉は何食わぬ顔で後ろに控えていた部下らしき男にノクティを押さえつけるよう命令していた。

「アイリーン姉…!」

弟の声にハッとなった。周りを見渡せばいつの間にやら軍人に囲まれていた。騙されたかと考えたが、あの女の表情にそれはないと確信する。
剣を構えてハルトマンを睨みつけた。

「その女、仲間じゃないの」
「仲間?こいつが?まさか」

クスクスと笑う男にアイリーンの背中に寒気が走った。この男は危険だと瞬時に判断する。
と、アイリーンたちの後方から太い男の声が飛んできた。

「流石はハルトマン様。あの魔女を一瞬で殺してしまうとは」

振り返ればそこには嫌らしい笑みをうかべた男が立っていた。周りの者達はきっと男の部下なのだろう。彼がやってきたことによって周りの者達がより一層気を引き締めたのだ。
ハルトマンがふんっと肩をすくめる。

「あんたに褒められても嬉しくないよ」
「まぁそう仰らずに」

この異様な空気に三人は気圧されていた。今すぐにここから離れなければ、コイツラは危険だと彼女たちの中で警鐘が鳴る。
静まり返ったその場にボッという小さな音が響いた。その音はやがて何かが燃え上がるかのような音となる。その場が青い炎に包まれた。アイリーンは咄嗟に閉じた目を開いて、言葉を失った。彼女の目に入ったのは、先程倒れていた女ーーノクティだったのだ。
服には斬られた後がある。しかしそこから見えるノクティの白い肌には傷跡一つついていなかった。そして彼女の足元には何かの灰が溜まっていた。

「あんた、なんでーー」
「私は魔女…」

ゆっくりと武器である傘をハルトマンに向けて、ノクティは悲しげに微笑んだ。

「他人の命の灯火を奪い生きるーー残酷な魔女。それが私…ノクターン・レディですわ」

青い炎が広がり、その場のすべてを包み込んだ。
アイリーン達は不思議と熱さを感じなかった。その炎は確かにそこにあって、現に周りの者達は熱さに近づけない様子だ。
ノクティがこちらを振り向いた。その表情は憂いに包まれ、しかし彼女の瞳は決意の色で満ちている。

「ここは私が引き受けますわ。ハルトマンの動きを止めた隙に逃げてくださいまし」

地下水路をまっすぐ行けば、やがて波止場に出るのだという。その言葉の真偽に問われたが、しかしアイリーンはそれよりも頭が痛む目の前の光景を問いただすことにした。

「それよりも、あんたは一体何者なのよ!さっき斬られたのにその傷すらないって…なんでなの!?」
「……、先程お話したことを覚えていらっしゃる?」
「なん…」

なんのこと、そう言おうとしたアイリーンの脳裏に言葉が浮かび上がった。“人体実験”。
まさかとノクティを見やれば、彼女は悲しげに微笑んでいた。それが答えだというようにノクティは視線を外して傘を大きく振った。

「さぁ、時間はあまりありませんわ。準備は良くって?」
「………えぇ」

後ろからの弟の視線を感じた。驚いたかのようなその視線にちらりと見やって頷いてみせる。どうにしろ、この女の言う通りにしなければ死ぬだけだ。この炎を抜け出すことも出来ない、というのもアイリーンがノクティを信じた理由でもある。
ノクティが燃え盛る場所を変えた。炎はノクティ達の進む方向へと一直線に伸びた。そして、その炎の道にハルトマンが佇んでいる。ノクティがハルトマンに襲いかかる。それをハルトマンは愛用の銃で受け止めた。

「今です!」

ノクティの掛け声と同時、アイリーン達は走り出した。ノクティの隣を通り過ぎる際、ぼそりと声が聞こえた。

ーー流紋様をお願い致します。



▼△▼△▼△▼△▼△

「あぁあ、逃しちゃった」

見えなくなった背中を確認して、私は肩をすくめるハルトマンから武器をどけた。
攻撃した際に足にかかった灰を払い除ける。追いかける様子のないハルトマンに男が激怒の声が届いた。

「これはどういう事ですかなハルトマン殿!!」

振り返れば周りの男達の上司と思わしき男がこちらを睨みつけていた。
ハルトマンは臆さず肩をすくめるだけだ。本当に彼の図太さには驚かされる。

「別に。僕はこの人の頼みを聞いただけだよ。中佐殿が僕にお願いなんてまずないからね、特別に聞いてあげたんだよ」

すっと視線を寄越される。その視線を真っ向から受けてから私はくすりと笑った。
男はその言葉に額に血管を浮き立たせた。男の怒声にも似た命令に周りの部下たちが一斉に襲いかかってくる。
それをハルトマンが凄まじい風を起こして押し返した。風起こしだ。
私はにこりと微笑んで男を見やった。

「私を抹殺しようとするのも…高継を襲った理由も全てが実験に関わった者だから…ですわね?」
「だからなんだ」
「私達を殺して、この戦争の全てを被験者の私達の仕業に見立てその戦闘力を誇示しーーまた人体実験を始める、そんな馬鹿げたシナリオで間違いはなくて?」

男は笑うだけだった。卑しい笑みを私に向けてくる。その笑みは肯定を意味していた。
嗚呼、なんと馬鹿げた事を。
私は怒りと悲しみで何かが沸々と湧き上がってくるのを感じた。

「あの子達に手出しは許しませんわ」

あの子達は十分辛い思いをしてきた。あの子達にこれ以上苦しく辛いあんな思いをさせる訳にはいかない。あの子達は幸せでなければならないのだ。
それは私が見守り続けた全ての軍人に当てはまること。
もちろん、この図々しく生意気な青年にも。

「ハルトマン、後はよろしくお願い致しますわよ」
「言われなくてもわかってるよ、中佐殿。あんたの“最期”の願いだもんね」

鼻を鳴らしてみせる青年はやはり生意気だと思う。だがどこか憎めないそんな彼。私の望みを聞き入れてあんな猿芝居を打ってくれたのだ。
ボッと青い炎で男と部下を閉じ込める。
ちらりと横目で見たハルトマンの表情はやはり変わらなかった。嗚呼、彼は本当に強い。
燃え盛る炎の中、目の前の男達を冷たく見据えた。男には先程の威勢などなく額に汗を浮かばせている。果たしてそれはこの炎からくる汗なのか、これから起こりうることへの冷や汗なのか。
傘をゆっくりと差した。
あの日の、あの時のことを思い出す。私がノクターン・レディになった日。私が魔女になった瞬間。

「すべての元凶は私だった」

あの日から、この戦争が起こることは決まっていたのだ。
私が生まれたから、悲しみが起こり、憎しみが起こり、また、悲しみが起こる。
負の連鎖は続いていく。誰かが止めるまで、それは永遠に。
だからそれを終わらせよう。元凶が消えればきっと同じようなことは起こらない、起こらせない。
私の全ての命の灯火を使って全てを終わらせよう。

「貴様、正気なのか!?それを使えば貴様はーー」
「構いませんわ」

あの子達を守れるのならば。
あの子達が幸せでいられるのならば。

灯が燃え上がるのを感じる。不思議と怖くはない。
青い炎がどんどんと燃え上がり、それは男達を包み込んでいった。

「オーバーヒート」

つぶやくと同時、男達の悲鳴が耳を劈く。
きっと骨すら残らないだろう。それは私も同じだ。燃えていく体にやはり恐怖は感じない。ゆっくりと目を閉じた。

魔女である私にも関わらず優しく話しかけてくれたあの子達。
姿が変わらないにも関わらず優しい笑みをくれたあの子達。
私に、幸せを生きるきっかけをくれたあの子達。
どうか貴方達は幸せでありますように。
嗚呼、誰にも伝えられなかったな。私なんかを仲間と言ってくれた貴方達に。
こんな茶番に付き合ってくれた強い彼に。
最期に。
最期にこの言葉をーー

「ーーぁ…り、…とう…」

ポツリと漏れた言葉は、火の海へと消えていった。




△▼△▼△▼△▼△▼

炎が消えてそこに残ったのは灰だけだった。さらさらと消えていく灰を見ながら、ハルトマンは片膝をついた。手が汚れるのも構わず、灰を掴み取る。手を開けばそれは他の灰と共に風に揺られて散っていった。

「馬鹿だなぁ」

呟いたハルトマンの掌にぽたりと水が落ちる。頬を濡らすその感覚にははっと笑いが零れた。

「雨漏りしてる。修理しないとね」

手を握りしめて、ゆっくりと立ち上がる。そしてハルトマンは歩き始めた。こんな結果を招かしたあの男を叩き落とすために。

(魔女が消えた日)


血戦戦争15




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